昔読んだチベットの話で、寺を巡礼する時に、道中で他の巡礼者を殺して水や食糧を奪わないと生きて次の寺に行けないけど、そうすると罪深いから益々寺を巡礼せねばならぬ…みたいな話があって、「そんな馬鹿なw」と思ったけど、実際中国の僻地に行くと、そういう「何もないところ」があったりする。
— 黒色中国💉 (@bci_) 2021年8月15日
ふと、思い出してつぶやいたツイートが、予想外にウケたのだが、一体何の本に書いてあったのか思い出せなかったところ、フォロワーの方から教えてもらった。
河口慧海のチベット旅行記の一節である。
強盗本場の国
▲こちらの「第三十回 人里に近づく」の箇所にある。
マナサルワ湖の間道に出ず するとそこに一筋の道がある。こりゃ奇態だと思ってよく前に聞いてある話を思い出しますとそれはマナサルワ湖へ指して行くチベット本道からの廻り路であるということに気がついた。こりゃうまいものだ。これから人に逢うことが出来るであろうと思ってだんだん進んで参りますと大きなる川の端に一つの黒いテントがある。早速そこへ向って参りまして私はこういう者であるから一夜の宿りを乞いますといって頼みますと誠に快く泊めてくれた。その人たちもやはり巡礼者であって伴の人が五人、その中女が二人で男子が三人、その男子は皆兄弟で一人の女は兄の嫁、一人は娘、で私は安心しました。こういう女連れのある巡礼者は大抵人を殺さぬ者であるということを聞いて居りましたからまず大丈夫と思いました。
けれどもその人たちは強盗本場の国から出て来たのです。その本場というのはどこかというとカムの近所でダム・ギャショの人であるということを聞きましたから少しく懸念も起りました。何故ならばその辺の諺にも人殺さねば食を得ず、寺廻らねば罪消えず。人殺しつつ寺廻りつつ、人殺しつつ寺廻りつつ、進め進め
そういう諺がある国の人でなかなか女だって人を殺すこと位は羊を斬るよりも平気にして居る位の気風でありますから容易に油断は出来ない訳です。けれどももうそこに着いた以上は虎口に入ったようなものですから逃げ出そうたって到底駄目だ。殺されるようなら安心してその巡礼の刀の錆になってしまうより外はないと決心して泊りました。
中国語を学び始めて間もない頃、この本を読んで、「随分と物騒な場所だな」と思ったが、それからしばらくして私も「カム」(チベット東部)を旅した。本当に「強盗本場の国」かはわからなかったが、これといった産業もない広大な土地に道だけ伸び、寺が点在している。諺の通り、世が世なら人を殺して食を得なければ、旅を続けるのが難しそうだった。
確かにこの地域の人は気性が荒く、 別の言い方をすれば勇敢であり、今世紀に入ってからも武装しており、頻繁に中国当局と衝突を繰り返していた。地元民によると3ヶ月に1回は小競り合いがあり、半年に1回は小規模な衝突があり、数年に1回は「戦争」がある…と言っていた。その後、私が見ていたニュースでも、確かにそんな感じだった。ただ、当局の弾圧が激しくなったためか、最近は衝突の情報を聞かなくなった。