黒色中国BLOG

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【ウイグル問題】誤解されやすい「ジェノサイド」…その語源と訳語と定義について

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近年、話題になってるウイグル問題。

そもそも私が「黒色中国」を始めるキッカケにもなっているので、2009年にブログとツイッターを始めた頃からずっと取り上げてきました。

▲2020年7月26日以後のツイートは、こちらにほぼまとめて連投化しております。

最近はウイグル問題を扱っていると、「中国はウイグル族を虐殺なんかしてない!」という人がチラホラと出てくる。「虐殺」は欧米のデマだという人もいますね。

そういう人の中には、親中的な立場の人もいれば、反米的な人もいるでしょう。政治的な立場が違っても、ウイグルのジェノサイドを否定する人たちだから、「まぼろし派」と呼びましょうか。

ただ、長年ウイグル問題を見ている私としては、それ以前の問題として、「ジェノサイド」という言葉が誤解を生んでいるのではないか…と思っています。

この件、ツイッターをやっていると、何度も同じ説明をすることになるので、ブログにまとめて書いておきますね。

【目次】

「ジェノサイド」は新しい言葉

▲細かいところは、ウィキペディアに書いている通りなのですが、そもそも「ジェノサイド」(genocide)という言葉は、ユダヤ系ポーランド人の法律家ラファエル・レムキンさんが、ギリシャ語の 「種族」とラテン語の「殺戮」を合わせて1941年に作った新しい言葉で、大昔からある言葉ではありません。

「ジェノサイド」と「マサカー」は違う

「Genocide」(ジェノサイド)を日本語に訳すと、「虐殺」になる。大量に人を殺すことですね。

でも、英語には「Massacre」(マサカー)という言葉があって、いわゆる「南京大虐殺」だと「Nanking Massacre」と書く。「Nanking Genocide」とは書かない。書く人がいるかも知れないけど、英語での正式名称ではない。

先のウィキペディアにも書いてますけど、「Genocide」は、

国民的集団の絶滅を目指し、当該集団にとって必要不可欠な生活基盤の破壊を目的とする様々な行動を統括する計画」を指す言葉として、「ジェノサイド」という新しい言葉を造語した。

(中略)

日本語では「集団殺害」と訳されるが、ジェノサイドの実際の規定では殺害が伴わない場合もある。また、集団殺人であっても、民族・人種抹殺の目的を伴わない場合はジェノサイドに当らない

という言葉でして、日本語で記事にすると、「虐殺」と訳されるので、ジェノサイドとマサカーの区別がなく、まぼろし派の皆さんは、ここを利用して、「中国はウイグル虐殺(マサカー)をやってません」と主張するのでしょう。

だから、最近はカタカナで「ジェノサイド」と書くメディアもありますね。日本語にするとおかしな誤解を生むので。だから、今後は私もなるべく「ジェノサイド」と書くようにしようと思います。

ジェノサイドの定義

ようするに、殺害を伴わなくて「ジェノサイド」と呼ばれることがある。集団殺人が全てジェノサイドになるわけでもない。

「ジェノサイド」は、「民族迫害(集団殺人を含むこともある)」なのでしょう。

でも、「迫害」があれば、なんでもかんでも「ジェノサイド」になるのか。

それだと、「アイヌもジェノサイドされてるぞ!」「琉球もジェノサイドされてるぞ!」という人が出てくるかも知れない。

「ジェノサイド」は法律家が作った新しい言葉だけあって、ちゃんと定義があるのですね。

▲1948年に国連で採択されたジェノサイド条約の第2条に定められた5つの条件がありまして、

(第2条)国民的、民族的、人種的、宗教的な集団の全部または一部を破壊する意図をもって行われる次のような行為と定義されている(カッコ内は条約で明言されていない具体例についての通説)。

  • 集団構成員を殺すこと
  • 集団構成員に対して、重大な肉体的又は精神的な危害を加えること(拷問、強姦、薬物その他重大な身体や精神への侵害を含む)
  • 集団に対して故意に、全部又は一部に肉体の破壊をもたらすために意図された生活条件を課すること(医療を含む生存手段や物資に対する簒奪・制限を含み、強制収容・移住・隔離などをその手段とした場合も含む)
  • 集団内における出生を防止することを意図する措置を課すること(結婚・出産・妊娠などの生殖の強制的な制限を含み、強制収容・移住・隔離などをその手段とした場合も含む)
  • 集団の児童を、他の集団に強制的に移すこと(強制のためのあらゆる手段を含む)

中国がウイグルにやってるのは、この5つの条件全部が当てはまるそうです。

「文化的ジェノサイド」はどうなる?

「まぼろし派」の人とか、ウイグル問題を話していると、「アイヌがー!」「琉球がー!」と言ってくる人たちの中に、「日本はアイヌや琉球に文化的ジェノサイドをやってる」という主張がたまに見られますね。ようするに、「中国はヒドいかも知れないが、日本も同じだ。日本人ならまず日本の問題を取り上げろ!」というわけです。

ただ、ジェノサイド条約の5つの定義を見ても、「文化」がその対象になる項目が見当たらないのですね。

提唱者のレムキンとジェノサイド条約の「定義」は異なる

▲こちらのページに、

「ジェノサイド」という言葉を創造した法学者レムキンは、彼の著書でジェノサイドが行われる領域として政治、社会、経済と並んで文化領域を挙げている。これは自国言語使用の禁止、高等教育機会の奪取、文化・芸術活動の制限、記念碑・文書館の撤去等を表す。国連ジェノサイド条約( 1948 )ではこの文化領域におけるジェノサイドは罪として定義されず、国際刑事裁判所規程( 1998 )においても同様であった。

…とありますね。全部引用しませんけど、「文化」をジェノサイド条約の対象にするかしないか、かなりモメてきた経緯がある。「条約」として「文化」はジェノサイドの適用範囲に入ってないけど、国際的な認識として、「文化」を適用範囲にするのが妥当である、そうすべきだ、という人や国が少なくない…わけです。

これはこれで、そういう状況にあることを認識しておくべきです。

そうした経緯を押さえた上で、「文化的ジェノサイド」は、

▲正確には、「文化浄化」(Cultural cleansing)というのですね。「ジェノサイド条約」の中に「文化」は含まれてないけど、「文化浄化」はよくないことだと認識されている。

このあたりを一切無視して、現段階で日本国内で行われているとされる、いわゆる「文化的ジェノサイド」を、中国がウイグル人に対して行っている「ジェノサイド」(ジェノサイド条約に抵触する)と同列に扱って、ウイグル問題とアイヌ・琉球問題を一緒くたにするのは、かなり雑な議論のやり方では…と私は考えます。

議論の混乱の原因

ようするに、

  • 「ジェノサイド」も「マサカー」も、日本語では「虐殺」に訳したので混乱が生じている。
  • 集団殺人がなくても「ジェノサイド」が成立することが認知されてない。
  • さらにそこへ「文化浄化」を「文化的ジェノサイド」と呼ぶ人がいるので、日本の言論空間において、「ジェノサイド」の認定や定義に混乱が生じている。

…ということなんでしょうね。

この複雑な事情を把握しないままに、言葉の揚げ足をとって、議論をかき混ぜるだけの人を相手にしてると、時間を無駄にして消耗させられますね。

私としては、昔、新疆を旅行して、現地の人の話を聞くことで、彼らの置かれている状況を知って、「黒色中国」を始めたわけで、今後も継続的にウイグル問題について取り上げていきたいと思います。

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▲中国における「文化浄化」の実例を写真付きで解説しています。

▲ウイグル人に、京劇の歌を使って洗脳教育をしている動画の考察。こういうのこそ「文化的ジェノサイド」というのですね。

▲イスラム教徒の迫害が、新疆以外の中国の他の地域にも拡大しているという事例になります。