読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

黒色中国BLOG

中国について学び・考え・行動するのが私のライフワークです

【私がブログを書く理由】勇気を持って何かを始めれば、何かを成し遂げれば、それは妄想ではなくなる

SPONSORED LINK

はてなブログに「今週のお題」というのがあって、今まで全然参加してなかったのだけれど、今週のテーマは「私がブログを書く理由」とあって、みなさん色んな記事を書かれているので、私も釣られて書いてみることにした。

私が黒色中国を始めた理由

黒色中国は今年で10周年である。私は2005年に、たまたま中国にいたため、反日デモを目の前で見て、中国のアチコチで嫌な目にたくさん遭った。それまで仲の良かった多くの友人たちとも関係が破綻してしまった。

運が悪いな…不幸だな…私自身は悪いことしてないんだけど、なぜこんな目に遭わなきゃいけないのかな…と毎日悩んだ。悩み続けた。中国語なんか勉強するんじゃなかった…と思った。中国になんか来なきゃ良かった…と悔やんだ。

https://www.instagram.com/p/BEVwRT2EErC/

広州一徳路にて #中国 #china ##guangzhou #warplane #toy

でも、どうして中国人はあんなに怒っているんだろうか…反日教育ってどんなことを教えているんだろうか…と疑問に思い始めて、上海の本屋さんに行って、片っ端に反日関連の本を買い漁って読んだり、歴史記念館に行ったり、色んな立場の中国人と話し合った。私は中国の内側から、「反日」が何なのかを理解しようとした。それと同時に、中国が日本に及ぼす様々な「脅威」についても気になり始めた。

中国語を学んだこと、中国に来たこと…それまでの私の人生を後悔して、それまでの努力と経験を放棄して、中国とは無関係に生きることは簡単に出来たことだけど、私はその道を取らなかった。

私は何も悪いことをしていないのに、毎日のように中国人に傷めつけられ、嫌な思いをさせられるのは、何かの「意味」があることなんだ…私は偶然から時代に選ばれて、何かをやれと言われているんじゃないか…と思うようになった。

他人が聞けば、酔狂な妄想と思って笑うだろう。でも、勇気を持って何かを始めれば、何かを成し遂げれば、それは妄想ではなくなる。私は中国から逃げちゃいけない。

ブログとツイッターを開始したのは2009年からだけど、スタートラインに立ったのは2006年からだった。だから、今年は、黒色中国10周年の節目である。

「私がブログを書く理由」の変遷

10年もこんなことに取り組んで、8年ブログやツイッターをやっていると、「書く理由」も少しづつ変わってきた。

最初、日本では中国のネガティブな情報があまり紹介されないので、私がネットでやろう!と思った。最近でこそ、日本は反中言論真っ盛りだけど、2006年頃というのは、まだ中国のネガティブな話がしにくい状況だったのだ。北京五輪と上海万博を控えて、まだまだ中国経済は成長する…と期待されていた時期である。中国のネガティブな面にも目を向けて、中国の現実を直視することで、今後、如何に日本人が中国と、中国人と関わっていくのかを考える「土台」ができると思ったからだ。

しかし、2010年の尖閣諸島中国漁船衝突事件から日本のメディアでの中国の取り扱いが大きく変わり始めて、2012年の尖閣国有化とそれに伴う中国の反日デモで、日本の右傾化と反中化が決定的になった。これが、私の「書く理由」を大きく変えてしまった。

私が日本で見た2つの「いじめ」

私の友人に、日本に帰化した元中国人がおり、この人は日本語も堪能で、日本のことが好きだから帰化したのだけれど、この人には当時中学生の息子がいた。日本人の妻との間に出来た子供である。

私は彼ら家族とも一緒にいることが多かったのだけど、ある日、息子が口元から血を流して学校から帰ってくるのを見た。息子は随分と怒っている。父(私の友人・元中国人)もそばにいたので、心配して何があったのかを聞いても怒ってばかりで答えてくれない。

ちょうど私は友人と一緒に、中国に行く予定を立てている時だったので、息子にも、どこに行こうか、何を食べようか…という話をしたのだけれど、そうすると息子が大きい声で怒った。

中国なんか大キライだ!中国になんか絶対行かない!オレは中国人じゃない!

私と友人は、息子がなぜ口元から血を流しているのか、なんとなく理由がわかった。

友人は、日本が好きで帰化したのだけれど、別に中国を憎んでいるわけではない。だから、息子がそう叫ぶと、複雑な心境である。息子は、中国に何度か行ったことはあるけれど、日本で生まれ育って、中国語も出来ないし、中国には何の興味もない。けれど、世間の目はそう受け止めてくれない。中国の漁船が海保の巡視船に衝突したり、大規模な反日デモが起きれば、周囲から様々な嫌がらせを受けるのだろう。それは私にも覚えがある。私もただ中国語を学んで留学しただけで、別に中国共産党の信奉者でもないのに、たびたび嫌がらせを受けることはあった。

※ ※ ※ ※ ※ 

それと、私が日本で、中国人の女性と話している時に、脇から入ってきた日本人が、「中国じゃなくて、シナと呼ぶべきだ」という話を始めたことがあった。

これを彼はクドクドと続けて、最後はその女性に「シナ、チャンコロ」とまで言ってニヤニヤ笑った。ようするに挑発しているのだ。

女性はずっと目がウルウルしている。この人は大の日本好きなのである。真面目に日本語を勉強して、日本のアニメや映画が好きな人である。

「シナ」呼称の正否とは別で、この日本人が侮辱と挑発を目的としているのは明確であった。彼女は公然と侮辱を受けてもずっと耐えて、しばらく私達から離れて部屋の片隅で背を向けてじっとしていた。涙をこらえていたのだと思う。

その間にも、この彼はずっと、「シナと呼ぶのが正しい!」と、「シナ」呼称の歴史をずっと語り続けた。

日本が狂い始めている…と私は実感した。

中国には看過できない大きな問題点があるけれど、帰化人の息子や、日本が好きで日本に住んでいる中国人に怒りをぶつけて、殴ったり侮辱しても、問題は一切解決しない。

最初は、日本のメディアが伝えない中国のネガティブな面を紹介するのが、私のブログを書く理由だったけれど、日中関係が悪化することで、メディアが大いに反中化してしまった。日本社会に中国人への憎悪が広まった。その弊害として、「いじめ」が発生しているのをナマで2つも目撃してしまった。「私がブログを書く理由」は改められなければいけなかった。単に反メディア的な立場で、ネガティブな情報を流しているだけではダメなのだ。

私が改めてブログを書く理由

「黒色中国」のブログは最初、09年にレンタルサーバーでワードプレスをインストールして始めたのだけれど、その後ツイッターがメインになって、ブログはほとんど更新することがなかった。

ただし、2012年に「2つのいじめ」を目撃して以来、ツイッターもだんだんと居づらい場所になってきた。私自身も、「中国人疑惑」をかけられたり、「中国共産党の工作員」とデマを流され、多数の人々から攻撃を受けるようになった。

自由な発言の場を求めて、ブログに回帰することを決めたのが2014年の秋。2014年の暮れに、はてなブログを開設して、2015年は実験的に色んなタイプの記事を書いてみることにした。ようやく、はてなブログが自分の「発言の場」と思えるようになったのは最近のことである。

単に、「マスコミが伝えないこと」とか、「ネガティブな面」を取り上げよう…というのは、「ブログを書く理由」の1つになるかも知れないけれど、それだけでは健全な言論を成立させることはできない。手っ取り早く、憎悪を正当化して、手近な人間を攻撃する「口実」を用意するだけなのだ。

これからも間違いなく、中国の脅威は拡大する。日本人と中国人との接点が広がり、摩擦が拡大して、さまざまな問題が出てくる。

こういう時代に生きる日本人が、「マスコミが伝えないこと」や「ネガティブな情報」に飛びついて浅薄な理解を得て、その結果、中国人やその血統を持つ人をいじめたり殴ったり、「アイツは中国語が出来るから怪しい」「中共のスパイじゃないか」と疑心暗鬼になって他者を無闇に攻撃するのは、非常に情けないことである。

※ ※ ※ ※ ※ 

中国を多面的に理解して、無用の争いを避けて、中国人と仲良くできる「知恵」をつければ、多くの問題は解決できるのではないか。

私自身の中国の見聞は、全部かき集めても、たかが知れているけれど、ネットで色んな人とつながることで、情報を効率的に共有できるのなら、「知恵」を豊かにすることは可能ではないのか。

こういうことを提唱すると、「お花畑w」と嘲笑し、袋叩きにするのが現在の日本のネット空間だが、

何も悪いことをしていない人を捕まえて、いじめたり、殴ったりして、日本が良い国になるわけがないのだ。

他人が聞けば、酔狂な妄想と思って笑うだろう。でも、勇気を持って何かを始めれば、何かを成し遂げれば、それは妄想ではなくなる。私は逃げちゃいけない。これ以上、自分の人生を後悔しないために。そのために、私はブログを書く。

今週のお題「私がブログを書く理由」