台湾人6割「自分は中国人」
http://j.people.com.cn/94475/8149623.html
台湾の政策・制度研究シンクタンク「台湾競争力フォーラム」がこのほど、「艾普羅民意調査」に委託して実施した民意調査によると、台湾人の61%が自分は「中国人」、90%が「中華民族」と考えていることが明らかになった。一方、中国人とは「認めない」という回答は35%で、「中華民族ではない」は6%にとどまった。同シンクタンクは「震撼」ということばで同調査結果を形容している。
先日、こちらのニュースをみつけてツイートしておいたところ、数々の反響を戴いた。無論、それらの反響の全ては「そんなわけがないだろう」というものであった。私自身もそう思っていたのだけれど、どうしてそんなニュースをツイートしたのかと言うと、これは新華網が報じたニュースを、人民網日本語版が伝えたものだからだ。「また相も変わらずいつもどおりのことをやってるのかw」と思い、とりあえず晒しておいたのである。
■新華社(ウィキペディア)
新華社は国務院直属の機関であるため、日本のメディアで「新華社によると」といった伝え方をしたときは、政府及び共産党の公式見解を報道していると考えて差し支えない。
新華社とは、中華人民共和国の国営通信社のことである。新華網はそのニュースサイトであるわけだが、上記の説明の通り、ここは報道機関というよりも、中国政府のプロパガンダを配信している会社である。
■人民日報(ウィキペディア)
人民日報(じんみんにっぽう)は、中国共産党中央委員会の機関紙。人民日報社発行。「人民網」は1997年に人民日報のインターネット版として開設され、翌1998年に日本でも開設された。日本関係の版では、中国で発生したニュースを日本語で紹介する「日本語版」と、日本で発生したニュースを中国語で紹介する「日本版」があり、いずれも人民網日本株式会社が運営している。日本版は日本と中日関係を専門報道対象とする中国唯一のニュースサイトでもある。
『台湾人6割「自分は中国人」』とは、こういう発信元のニュースである。中国のニュースを毎日眺めていると、人民網の報道内容には、こうした「トンデモ」系のものがよく見られる。プロパガンダのためとはいえ、たゆまぬ努力と豊かな想像力で、色んなことを書くものだな…と関心しているわけだが、それにしても、一応こういう「ニュース」にも根拠というものはあるわけで、一応、台湾の「政策・制度研究シンクタンク」が、調査会社に委託して実施した「民意調査」に基づくものなのだ。
でも、これって一体どんな調査会社なんだろうか?
多くの皆さんからの「そんなわけないだろう」というツイートを見ている内に、上記のような疑問が湧いてきたので、ちょっと調べてみることにした。
調査を実施したのは「艾普羅民意調査」という会社である。「艾普羅」(アイプルォ)ってなんだろうか?人の名前か、外国語の音訳なのか。とりあえず百度で引いてみる。
■旺旺中時媒體集團各事業體
http://www.chinatimes.com/vgn/about-us/chinatimes-group-02.htm
▲こちらを見ると、「民調公司 艾普羅民意調查」とある。旺旺中時メディアグループ傘下の民間調査会社だったのだ。この会社のウェブサイトのURLはなぜかない。
「旺旺」と聞けば、既にピンと来た人もいると思う。去年の尖閣関連の一連の騒ぎの時に、台湾で反日デモが行われたり、台湾の漁船団が抗議のために日本の領海に侵入したことがあったけれど、あの時に資金提供をしていた人物の経営する企業グループである。
■台湾漁船団の領海侵入を支援した実業家の素顔 急成長の影に日本の技術(SankeiBiz)※既にリンク切れ
▲この記事に、その詳しい背景などが書かれているが、この「旺旺」というのは元は食品企業である。それが、中国時報という報道機関を買収して「旺旺中時メディアグループ」になったわけだ。
■中国時報(ウィキペディア)
前身は中国国民党中央常務委員余紀忠により1950年に創刊された『徴信新聞』。
(略)
2008年、食品大手・旺旺集団を率いる蔡衍明がオーナーとなり、翌2009年正式に統合発足した「旺旺中時集団」の傘下に入った。以降、中国寄りの論調が増えたと指摘されており、その現状に反発して、辞める記者が相次いでいる。また、同様にメディアの中国寄りを憂慮する市民が、デモを展開している。
「旺旺中時メディアグループ」の中国寄りの報道姿勢に反対する台湾の事情については次の論文が詳しく触れている。
■【PDF】反「旺中グループ」運動が問いかけるもの(JETRO)
話は戻って『台湾人6割「自分は中国人」?』の件だが、私の知る台湾の友人たちに、そういう自覚がある人はまずいないし、香港人ですら、返還後の数年、神舟5号の有人宇宙飛行の時ぐらいまでが「中国人と自覚」していたピークだったはずで、現在は自分を中国人と思わない人が増えている。中国に併合されている香港ですらそういう状況なのだから、併合もされていない台湾で、自分を中国人と思う人が増えるのはどう考えてもオカシイのである。
http://j.people.com.cn/94475/8149623.html
▲それと、元の記事をよく読むと、艾普羅の調査は台湾人が「自分を中国人と思うか?」という質問以外に、「中華民族と思うか?」という質問項目もあったらしく、90%は自分が中華民族に属すると回答したようだ。
■中華民族(ウィキペディア)
中華民族(ちゅうかみんぞく)という用語は、一つには中華民国、中華人民共和国の国籍を持つ全ての文化的集団(エスニック・グループ)を統合した政治的共同体(ネーション)を表す概念である。中国共産党は漢族だけでなく、蒙古族、チベット族やウイグル族などの少数民族も含むとしている。
ここに注目すると、この調査への疑問は更に高まってくる。「台湾人」という人種は存在しないのだから、一般的に「台湾人」というのは中華民国に国籍を持つか、台湾に在住している人のことである。ルーツとか民族をたどれば、広い意味で大陸との関係がある=「中華民族」とくくれるかも知れない。
以前、私が中国人・香港人・台湾人・シンガポール人・日中ハーフの人達と食事を一緒に共にした時に、「この中で龍の血統を持つのは誰ですか?」と聞いた人がいた。ちょっと変わった言い回しだが、「龍の血統」とは国籍関係なしに、中華系の人間を指す言葉である。「中華民族」というのは、それと同じものと見てもいいだろう。(但し、中共の定義ではウイグル人やチベット人も入ってしまうのだが)
艾普羅の調査が、血統として「中華民族」に属するかを質問して、それとは別に「中国人と思うか?」と聞いているわけだから、この「中国人と思うか」とは血統以外の、国籍なり、その人のアイデンティティが帰属する国を質問していたのではないか。でも、その質問に対して、6割の台湾人が、「自分は中国人だ」と自覚するものとは到底考えられないのである。
ちなみに、ウィキペディアの「台湾人」の項目には次のような調査結果が書かれている。
2000年の行政院大陸委員会による民族帰属意識についての調査では、
- 台湾人であり、中国人ではない=42.5%
- 台湾人であり、中国人でもある=38.5%
- 中国人であり、台湾人ではない=13.6%
という結果が出ており、ほとんどの人々が自らを台湾人であると考えるに至っている。また、半数以上が中国が武力侵攻をしても独立を手放す気はないと答えている。
2007年の海基会による民族帰属意識についての調査では、
- 台湾人であり、中国人ではない=62.5%(2009年の調査では80%を超えた)
- 台湾人であり、中国人でもある=17.7%
- 中国人であり、台湾人ではない=14.0%
2008年6月のTVBS世論による民族帰属意識についての調査では、
- 台湾人であり、中国人ではない=45%
- 台湾人であり、中国人でもある=45%
- 中国人であり、台湾人ではない=4%
同世論調査では、台湾人と中国人から一つを選ぶと
- 台湾人=68%
- 中国人=18%
2009年12月16日の天下雑誌による民族帰属意識調査では、
- 台湾人であり、中国人ではない=62%
- 台湾人であり、中国人でもある=22%
- 中国人であり、台湾人ではない=8%
同世論調査では、18-29歳の若者の民族帰属意識について、
- 台湾人であり、中国人ではない=75%
- 台湾人であり、中国人でもある=15%
- 中国人であり、台湾人ではない=10%未満
政治大学選挙研究センターは1992から長期間に及ぶ台湾人/中国人意識調査を行い、
台湾人であり、中国人ではない
- 1992=17.6%
- 1996=25%
- 2000=40%
- 2008=45%
- 2010=52.4%
李登輝総統の8年間の任期期間中に台湾人意識増加=22.4%、一年の平均増加=2.8%
陳水扁総統の8年間の任期期間中に台湾人意識增加=5%、一年の平均増加=0.625%
馬英九総統の2年間の任期期間中に台湾人意識増加=7.4%、一年の平均増加=3.7%
近年、政治大学選挙研究センターが行なった調査では自らをはっきりと中国人であると考える国民は6%まで下がっている。国民党独裁時代に教育を受けた世代において中国人意識が相対的に高く、20代、それから10代と年齢が下がるにつれて台湾人意識が圧倒的に高くなっている。ある調査では10代では100%が「私は台湾人であって、中国人ではない」という意識を持っている。
艾普羅という調査会社は、一体どんな調査方法を行なっているのだろうか?詮索するだけ野暮な話であろうが、ともかく、新華網やら人民網という「報道機関」が、ひっぱってくる怪しげな数字をたどってみると、こういうことになる…というのはわかっていただけたかと思う。