昔、留学していたのが北京だった。それに加えて、東北(旧満州)地域をよく旅行したので、私の中国料理の「舌」は、北方の料理で出来ているのだろう。北の料理はいつ食べても、懐かしい味がする。
上海の下町で住み始めた頃、いつもは近所で韭菜餅だの白糖餅を買って食べていたけれど、時折ムショウに油条(ヨウティアオ)を食べたくなることがあった。
この、油条を揚げている姿を見てしまうと、居ても立っても居られない。揚げ立ての、油をきるために自転車のカゴみたいなのに入れられたばかりのホカホカを、どうしても食べたくなってしまうのだ。
揚げたての油条は、食べ物というよりも美術品のようである。表面の油が朝日を浴びて全身が黄金色に輝いている。その黄金を口に含むと香ばしい油の香りとパリパリした表面の食感が広がるのだ。
そして、豆腐脳
朝の油条に欠かせないのが「豆腐脳」(ドウフナオ)である。柔らかいおぼろ豆腐にスープをかけて、ネギなどを散らして食べる。ここでは小さいエビが入っている。これは油条の真逆の食感と味である。
左手に揚げたての油条を持ち、右手にレンゲを持って、油条⇒豆腐脳⇒油条⇒豆腐脳⇒油条⇒豆腐脳⇒油条⇒豆腐脳⇒油条⇒豆腐脳⇒油条⇒豆腐脳⇒油条⇒豆腐脳⇒油条⇒豆腐脳⇒油条⇒豆腐脳⇒油条⇒豆腐脳…と繰り返し少しづつ食べる。
「パリパリ」と「トロントロン」を交互に口へ運ぶ。舌上に踊る両極端の食感に、味覚は翻弄され尽くす。
油条と豆腐脳の組み合わせを、歴史上最初に考えた人は、食道楽をやり尽くし、毎日快楽に溺れた、非常に罪深い道楽者であったに違いない…と思うのだが、そういう人が13億人いるのが中国という国なのである。