黒色中国BLOG

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【新型コロナウイルス肺炎】(7)「日本肺炎」の誤読がありえない理由

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いまツイッターで話題になっている「日本肺炎」の件。

私の方にもこれを信じている人がリプライを送ってきたのだが、最初は何のことだかよくわからなかった。

その元になっている中国大使館の文章を読んでやっと事の次第がわかったが、これはどう考えてもありえない誤読なので大変驚いた。

ただ、いまだにこれを間違いとして認めず、「そういう読み方もできる」と言い張る人がいるのにはさらに驚いた

私は去年12月31日の「原因不明の肺炎」の発生以来、ずっとこの件をウォッチしており、中国語のニュースも読んで、中国人や香港人の友人たちとも、この件を再三話し合ってきた。その経験から、これが絶対にありえない理由について解説しようと思います。

【目次】

まず、正しい読み方

大使館の問題の文章については、東方書店さんが、正確な日本語訳をツイッターで紹介している。ようするにこういうことである。

日本新型冠状病毒肺炎」だけを切り取ってしまうと、「日本新型コロナウイルス肺炎」と読めてしまうが、そりゃどんな文章だってそういう恣意的な切り取りをすれば、意味を歪められるだろう。

ただ、ずっとこの件を追いかけている私からすると、そもそもそんな切り取り方をしたとしても、絶対にそういう読み方を成立させることは出来ない、と断言する。

【理由その1】文章の頭から読めばそんな解釈はできない

▲問題になっている中国大使館の文書の原文はこちら。

問題の箇所は書き始めから3行目にあり、そもそも前の1~2行をすっ飛ばして、変な読み方をするのがおかしい。

自国内发生新型冠状病毒肺炎疫情以来,在日侨胞、中资企业、留学生团体等积极响应国家号召,迅速组织捐款捐物并通过各种渠道提供帮助,为国内抗击疫情提供了宝贵支持,体现出高度的责任感和爱国情怀。中国驻日本大使馆对各位同胞再次深表感谢和敬意。

 「国内で発生した新型コロナウイルス肺炎の流行以来、在日華僑同胞、中国資本企業、留学生団体などが積極的に国家の呼びかけに応じ、迅速に寄付・寄金、各種ルートの援助の提供を組織し…(以下略)」

…という内容であり、中国大使館が、日本にいる同胞、中国系企業、留学生などに感謝する内容である。そこからつないで、「現在、日本での新型コロナウイルス肺炎の流行状況は絶えず変化しており、」となる文章だが、最初の1行目から、「国内(中国)で発生した」と書いているのだから、それが3行目で「日本肺炎」となるわけがない。誤読をやらかした人は、最初の2行の文章を故意に読まなかったのか。たったアレっぽっちの文章を。読んだ上で、3行目を恣意的に「日本新型冠状病毒肺炎」と切り出して、「日本肺炎と呼んでいる!」と主張するのは、語学力以前の問題として、かなりおかしい。

【理由その2】その直後にも新型肺炎について触れているが「日本肺炎」(日本新型冠状病毒肺炎)とは書いてない

 目前,日本新型冠状病毒肺炎疫情不断变化,我在日同胞对此高度关注。2月25日,日本政府公布了应对新冠肺炎疫情的基本方针。中国驻日本大使馆呼吁同胞及时关注疫情变化,加强个人防护,并做到以下事项。

 問題の箇所に続いて、「2月25日」から始まる文では、「日本政府は新型肺炎の流行に対する基本方針を公布した」と書いている。こちらでは「日本新型冠状病毒肺炎」という書き方をしていない。「日本肺炎」という意味で、「日本新型冠状病毒肺炎」という表記をしたというなら、その後でも同様の表記で統一されるべきだがそうなっていない。

説明している自分がバカバカしいと思うぐらい、当たり前のことなのだが、そもそも変な切り取り方で「日本新型冠状病毒肺炎」(=日本肺炎)という解釈をしているのがおかしいのであって、「日本肺炎」説を正しいとすれば、その後の文章の整合性が取れない、統一性もなくなってしまうのである。

【理由その3】毎日中国のニュースを読んでいれば、あのような誤読はできない

最初は中国も「武漢肺炎」と呼んでいた

同時並行で「武漢肺炎」という呼称について話題になっているが、これはちょっと注意が必要である。そもそも去年末に武漢でこの病気が発生した当時、「武漢不明原因肺炎」という表記がされていた。

▲こちらはCCTVが1月15日に放映した番組。それから転じて、「武漢肺炎」という呼称が出てきて、中国はもとより、香港、台湾、そして日本でも使われるようになった。

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▲こちらは3月3日の香港の新聞「明報」のトップページ。「武漢肺炎」の表記が2つ見える。香港では今でも「武漢肺炎」の呼称が使われている。

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▲こちらは台湾の自由時報の3月3日のニュース。タイトルに「武漢肺炎」とある。

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▲自由時報のニュースの冒頭部分。「中国武漢で暴発した新型コロナウイルス疾病(COVID-19,以下、「武漢肺炎」と呼ぶ」とあって、本文では「武漢肺炎」が使われている。

日本では「武漢肺炎」が差別語扱いになっているが、香港や台湾では普通に使われている。「武肺」という略称も定着している。中国のメディアでも当初は「武漢肺炎」という言葉を使用していたが、今は使っていない。ちょっと違うが「武漢新冠肺炎」という表記はある。「新冠」は「新型冠状」の略で「新型コロナ(ウイルス)」ということ。

「武漢肺炎」呼称をやめようという呼びかけは、かなり早い内からネットでみかけられた。1月の初旬にはすでに見たと記憶している。CCTVのニュースでは1月下旬以後、「武漢肺炎」の表記を見た記憶がない。

なぜかと言うと、この呼称問題は台湾との間で「政治問題化」したからである。

人民日報に見る「武漢肺炎」の扱いの変遷

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▲こちらは人民日報で「武汉肺炎」(武漢肺炎)の含まれる記事を検索した結果。最初に「武漢肺炎」が使用されたのは1月2日の記事。その後も、「武漢肺炎」は普通に使用されている。

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▲1月20日の記事から変化が現れる。韓国の仁川国際空港を利用した中国籍の女性がいわゆる「武漢肺炎」に感染していた…という表記になっている。

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▲こちらは1月23日の記事だが、「武漢肺炎」という言葉が出ている。これは、ネットで「北京の協和医院から武漢肺炎の患者が逃げた」というデマがあったのを転載したもので、記事としては「新型冠状病毒」と表記を採用している。

▲とはいえ、タイトルに「武漢肺炎」と使ってしまっているので、ちょっと判断に悩むところである。

この記事を見ればわかるように、中国でも個人が「武漢肺炎」の呼称を使っているのは普通に見られる。今でもWeiboで検索すれば「武漢肺炎」「武肺」を使用した書き込みはカンタンに見つけられる。

▲2月13日の人民日報の記事。WHOが新型コロナウイルス肺炎を「COVID-19」と命名したのに、台湾メディアでは「武漢肺炎」の呼称が使われている…「疫病の流行に乗じて(借疫情)、挑発する(拉仇恨)」ということ。

▲こちらは東方日報の2月18日の記事だが、「台湾はWHOの命名を無視して『武漢肺炎』を使い続けている」という批判。このように2月中旬頃から、中台の間で、「武漢肺炎」呼称問題は政治化していた。

同時並行で人民日報でも他の中国メディアでも「武漢肺炎」表記はチラホラ見えるのだが、

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▲最近に至っては、台湾が「武漢肺炎」呼称を改めない…という批判の文脈でしか、この言葉を見かけなくなっている。

説明がかなり長くなったが、単に中国語の読み方…文法だけの問題ではなく、この数ヶ月の中国における「武漢肺炎」という言葉の使われ方のバックグラウンドを理解していれば、中国が「武漢肺炎」に対応する形で、「日本肺炎」という意味を込めて、「日本新型冠状病毒肺炎」という表記をするわけがないのはわかりきったことである。そもそも中国で「新型冠状病毒肺炎」という書き方をする時は、特定の地名を外す意図で使われるのでもあるのだから。

なので、この数ヶ月の中国のニュースを原文で読んでいる者にとっては、例の中国大使館の文書に目を通しても、「中国が新型コロナウイルスのことを『日本肺炎』と呼ぼうとしている!」という誤解は絶対に出てこないのである。

* * * * *

以上、長々と「誤読がありえない理由」を説明してみましたが、アレを「日本肺炎」と読んでしまう人たちが、このブログ記事を読むと、「必死で中国の擁護をしやがって!オマエはスパイだろ!」って言うんでしょうね。

正しい理解なくして正しい批判はありえない。誤読を改めないところに正論は出てこない。いくら「愛国」を掲げて中国を貶めても、これで日本が良くなるわけがない…と思うのであります。