【重要】『台湾、キリバスと断交』
台湾の呉ショウ燮外交部長(外相)は20日、台北で記者会見し、南太平洋のキリバスと断交したと発表した。台湾独立志向の民主進歩党(民進党)の蔡英文政権が発足して以降、台湾との断交は7カ国目。 https://t.co/C0efSRHLIU
— 🥮くろ⭐️いろ✨中国。🐕 (@bci_) September 20, 2019
台湾とソロモン諸島との断交が発表されたばかりですが、引き続きキリバスとの断交が発表されました。
寝耳に水のことだったので、なぜ突如こうなったのかよくわかりません。日本のニュースを見ていてもその点は書いてませんでした。
そこで、中国のネット上で情報を漁っていたところ、意外なことがわかってきましたので、こちらに公開しておきます。
【目次】
- キリバスはどういう国か?
- かつて中国はキリバスで何をしていたのか
- キリバスは中国の宇宙開発の最前線基地でもあった
- なぜ当時の台湾とキリバスは強気で中国に対峙できたのか?
- 【資料】ネット上の関連記事
- 【追記】人工衛星追跡基地はまだある?
- 【追記】中国の人工衛星追跡基地は意外とショボかった
キリバスはどういう国か?
その前にキリバスってどこにあるのか?どんな国なのかを調べておこうと思います。
▲地図上で確認すると、こんなところでした。ほとんど太平洋のど真ん中。ちょい南寄りですか。
▲詳しくはこちらをご覧いただくとして、国土は33の環礁からなるそうです。
▲その内のタラワ島を拡大すると、こんな地形でした。たぶんこれでは大型の軍艦が寄港するのは無理ですね。
▲太平洋戦争の際に、タラワで日米両軍が激突していますけど、
■キリバス共和国 島嶼国の生活を支えるベジオ港
https://www.phaj.or.jp/distribution/lib/world_watching/Oceania/Oceania004.pdf
▲こちらの渡邉弘在フィジー日本国大使館二等書記官のレポートを見ても、岸壁水深が-6.0mしかありません。
だから、中国とキリバスが国交を結んだからといって、中国海軍の艦隊が置かれて、太平洋の脅かす…という心配は薄そうです。
水産業が主な経済基盤で、日本、台湾、韓国、豪州などからの入漁収入が政府総収入の3割。天然資源はかつてリン酸塩があったけど、1979年に枯渇。ただ、リン鉱石の売り上げの一部でファンドが作られそれが海外で運用され、2005年末時点で6億豪ドル弱(日本円で約439億円)とか。
だから、天然資源を狙って中国が目をつけた…ということもない。一帯一路への参加はするかも知れないけど、してもあまり意味がない。たぶん、キリバスの水産物や椰子の実やタロイモって、輸出しようとしたらそのコストだけで商売にならないかと思われます。
だから、中国がキリバスと国交を結ぶのは、
ソロモン諸島の時のような「国家戦略」に深くつながる話ではなくて、ほぼ純粋に台湾への嫌がらせでしかないのだろう…と思ったのですが、中国側のネット情報を見ると、「知られざる過去」が見えてきたのでした。
かつて中国はキリバスで何をしていたのか
▲百度百科のキリバスの説明を見ると、キリバスは1979年に英国から独立、翌年の1980年に中華人民共和国と国交締結をしますが、1997年にタラワ環礁で人工衛星追跡基地を設置。米国によれば、この施設はマーシャル諸島のロナルド・レーガン弾道ミサイル防衛試験場(中国語名:夸贾林导弹靶场…クェゼリンミサイル射撃場)が監視できたそうです。
▲キリバスからマーシャル諸島のクェゼリン環礁までは直線距離で2920kmでした。
2003年にキリバスは中国政府の抗議を顧みず、台湾との外交関係を持つようになり、中国政府はキリバスとの外交関係を停止。この時に人工衛星追跡基地も撤退しているようです。
▲こちらに2003年当時の記事がありました。
こちらによれば、キリバスから1000km離れたところに米国の戦略ミサイルセンターがあると書かれています。クェゼリン環礁はそんな近くにはないのですが何かの間違いかな…と思いましたけど、こちらの記事にはそれよりも重要なことが書かれていました。
キリバスは中国の宇宙開発の最前線基地でもあった
先程の中文記事に
中国在基里巴斯建有一个先进的卫星跟踪站,该站在神州五号飞天时发挥了重大作用,
…とあり、「人工衛星追跡基地」というのは表向きで本当は米国のミサイル開発を監視するためのものだろう…と私は思ってたのですが、神舟5号(中国の人工衛星)の発射の際にキリバスの人工衛星追跡基地は「重大作用を発揮した」そうです。
▲キリバスにあった中国の人工衛星追跡基地の写真は見つかりませんでしたが、中国は現在も世界各地に4つの同施設を持っており、アルゼンチンの写真がみつかりました。
▲神舟5号は中国初の有人宇宙船。
そして、2003年にはキリバスで大統領選挙があり、中国の人工衛星追跡基地の見直しを公約に掲げたアノテ・トン候補が当選しています。上掲の中文記事の終わりの方にも書かれていますが、トン大統領が就任する前は、中国の内政干渉と人工衛星追跡基地の「作用」が選挙民の間で問題視されていた。
▲こちらに中国の人工衛星追跡基地について一部記載があります。施設が本当に民間用なのか、軍事施設ではないのか…という疑惑がキリバスの民衆の間で広まっていたようです。
ちなみにこのアノテ・トン大統領は華人系で中国語名は「湯安諾」と書くそうです。つまり反中意識が高まった結果、華人系大統領が選出された…という不思議な因果。しかもこのトン大統領、親日家で極真空手の黒帯で、愛読書は『宮本武蔵』とか。
ここで時系列で整理すると、
- 1997年 中国がキリバスに人工衛星追跡基地を設置。
- 2003年7月 反基地を掲げて当選したトン大統領が就任
- 2003年10月15日 中国が神舟5号の打ち上げに成功。
- 2003年11月7日 キリバスが台湾との国交を樹立。
- 2003年11月25日 タラワの東端に中国船が到着、人工衛星追跡基地の撤去を開始。
- 2003年11月29日 医療施設から医師も撤退させ、スポーツスタジアムの建設の中止をちらつかせて脅すもキリバス政府の決定には変更がなかったため、中国は正式にキリバスとの外交関係を断絶。
- 2019年9月20日 キリバスは台湾と断交。中国と国交締結。
たまたまソロモン諸島の断交の直後になったものの、キリバスと中国は長年にわたる「因縁」があったようですね。
なぜ当時の台湾とキリバスは強気で中国に対峙できたのか?
先程の中文記事の中に、
针对中国在基里巴斯的卫星基地之前途,台湾官员甚至“大度地”表示,他们无意打断北京的航天发展计划。亚太局局长说,“我们很高兴看到两个国家(在基里巴斯)共存,我希望这个局面持续下去。”但这个羞辱性局面显然是中国无法接受的。
とありまして、つまり台湾側は中国の基地撤去以前に「寛大」に「我々は北京の宇宙発展計画をやめさせるツモリはないんですよw、どーぞ続けてくださいw」と言い、「私達は2つの国家がキリバスで共存するのを見るのは嬉しいし、この局面が持続するのを希望しますよw」と言われた。この恥辱的な局面を中国は明らかに受け入れられなかった…とあります。「w」というのは私の方で勝手に付け加えましたけど、台湾側は余裕こいて中国を挑発しているわけで、だから最後が「この恥辱を中国は受け入れられない」になるわけです。
そして、
基里巴斯现总统汤安诺具有华裔血统,他在11月中旬的一次广播讲话中曾明确表示,基里巴斯不想卷入“一中”争论,经济发展是当务之急,基里巴斯希望保持同中国的关系。
アノテ・トン大統領は、2003年の11月中旬に、キリバスは「1つの中国論争」に巻き込まれたくないし、経済発展は当面の急務なのでキリバスは中国との関係を保持したい…と述べたそうです。
これ、ちょっと読んだだけでは普通の話に聞こえますが、中国側からすると重大な意味がありまして、ようするに「1つの中国原則」を完全に無視して、経済発展のために台湾とも中国とも関係は続けたいんだよ…と堂々と言い放っているのです。
たぶん、21世紀になってから、ここまで正面切って「一つの中国原則」を否定した一国の指導者は他にいなかったのではないか。アノテ・トン氏は華人系だからこそ、こういうことが言えたのかなぁ…とも思いますが、考えてみると、台湾側もアノテ・トン大統領も、同じことを言っている。「1つの中国原則」の完全なる無視です。
こうしたことがなぜ出来たのか…たぶん…ですが、これって当時は背後で米国が動いていたのではないのか。そうした「後ろ盾」がないと、中国をこのように侮辱した態度は取れない。ただ、16年後の今日、また中国とキリバスが国交を回復した…というのは、米国の「後ろ盾」も効力がなくなってきたのではないか…もしくは何らかの事情で機能しなくなったのでは、と想像するわけです。
* * * * *
中国としては16年ぶりのリベンジを果たしたわけですが、今後気になるのは、撤去した人工衛星追跡基地の件をどうするかですね。
中国にとってキリバスは、強奪しようにも資源はなく、一帯一路に組み入れても益は少なく、港は浅くて中国海軍の艦隊や潜水艦を配備できるような地理条件でもない。
キリバスと国交を結んだからといって、台湾への嫌がらせ以外には、米軍の動向や兵器開発の情報を収集したり、人工衛星追跡基地を設置するぐらいしか「メリット」はない。ただ、それをやるとまた16年前と同じ地元民の反発が出てくるかも知れない…キリバスの情報は日本語でも中国語でも、出てくることは少ないのですが、今後も動向を追ってみたいと思います。
【資料】ネット上の関連記事
2019年だけでも中国は151億円の投資
▲BBC中文版。内容的には既にある日本語報道と同じですが
- 台湾の呉外相によると、大陸は長期に渡って影響力を拡大し、商業投資を口実に現地に浸透していた。
- 中国は近年、キリバスへの投資を増加させており、2019年だけでも、中国とキリバスの会社が締結した合同プロジェクトの金額は10億人民元(151億円)以上。
▲つまり、中国とキリバスは国交がなかったけど、キリバスの「会社」との合同プロジェクトという形式を取っていたわけです。
台湾の外交能力に問題?
▲RFAの報道を見ると
外交部过去在断交记者会后会从大厅撤旗,不过基里巴斯与台湾断交事发突然,断交记者会后,基里巴斯的国旗还竖立在外交部大厅,来不及撤。
▲…とあります。つまり、キリバスの断交があまりにも突然のことだったから、台湾外交部の記者会見場には断交の発表の時にもキリバスの旗が立てられており、撤収されていなかった…ということ。台湾にとっても本当に「寝耳に水」のことだったようです。
前中华民国驻新西兰大使介文汲接受自由亚洲电台采访指出,对“雪崩式断交”,蔡政府应虚心检讨提出务实对策,不能只是一再怪罪友邦、指责北京,还要在野党跟她一起骂中共,以为自己捡到枪,应深切检讨外交体系政治任命指挥专业外交官的问题。外交部长必须换人,应聆听专业意见。
▲前ニュージーランド大使の介文汲氏のコメントが掲載されていますが、ようするに断交した国を責めたり、中共を罵るのではなく、蔡英文政権は虚心に具体的な対策を検討するべきで、これは外交の問題なのだから、外交部長(外務大臣)を別の人に変えて、専門家の意見を拝聴するべきだ…とあります。
【ソロモン断交 総統府、呉外相の進退に「辞職の問題はない」/台湾】
— 黒色中国 (@bci_) 2019年9月17日
■呉ショウ燮外相は16日の記者会見で、政治的責任を取る意向を蔡英文総統に表明したと明らかに
■総統府の張惇涵報道官は同日、外務省の第一線の職員は最大限尽力したとし「辞職の問題はない」と述べたhttps://t.co/QfOpOuETHj
▲ソロモン断交の後、呉外相は政治的責任と取る意向を表明していたけれど、蔡総統は辞職を認めず続投させておりました。中共の熱心な工作があったのが原因だったとしても、今回のキリバスの断交は直前まで台湾外交部はわかってなかったみたいなので、外交部や外交官の働きが不十分だったのは否めないようです。
ここまで調べてきてわかってきたのは、台湾にとってキリバスは単に自国の国際的地位維持のためのカードの1つでしかなかったけど、中国にとっては宇宙開発や米軍の動向について情報収集するための場でもあったわけで、中国にとってのキリバスの重要性は台湾よりも大きかった。この違いが今回の断交…中国との国交回復につながったものと思われます。
【追記】人工衛星追跡基地はまだある?
▲こちらの記事によると、9月23日の中国外務省の記者会見で、外国の記者が人工衛星追跡基地の問題について質問したところ、答えなかった…とのこと。
ロイターによれば、2003年に中国とキリバスが断交した後、人工衛星追跡基地の運用を停止したものの、撤去されておらず、鍵をかけて、現地の漁民が施設を守り続けているそうです。
中国外務省としてはまだ正式な発表はしてないものの、キリバスに施設は残されているわけで、もしかしたら国交回復後に人工衛星追跡基地も再開…ということがあるのかも知れません。
【追記】中国の人工衛星追跡基地は意外とショボかった
▲中国の人工衛星追跡基地については、こちらのサイトに情報があり、
The China Space Telemetry Tracking Station is fenced off and its dozens of workers live in a secure compound. When an AFP reporter was able to go inside the base in 1999 its satellite dishes were aligned northward toward Kwajalein. Inside there is a substantial two storey dormitory, currently occupied by three men but capable of many more. The station has a large power station with four generators -- enough electricity for most of Tarawa. There are two large satellite dishes mounted on military trailers with cables run into permanently parked buses in garages.
▲フェンスに囲まれていて、多数の作業員が中で生活しているとか、2階建ての寮、大きな発電機…と書いてますので、それなりに大きな施設なんだろうな…と思っていましたが、
▲サウスチャイナ・モーニング・ポストに写真が掲載されていました。
これがいつの撮影かは不明ですが、結構こじんまりとしてますね。これで3000km近く離れたクェゼリン環礁の米軍ミサイル試験場まで監視できるのでしょうか…

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