黒色中国BLOG

中国について学び・考え・行動するのが私のライフワークです

「日本がアニメーターの中国移籍を懸念」…中国語記事の原文を解析してみました

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▲こちらの記事を紹介するツイートは公開から2日間で6970RTを突破しています。

反応は様々ですが、業界の人も多数書き込まれているようで詳しい話がたくさんあります。

https://twitter.com/bci_/status/1188289359570788354

▲リプライはこちらから。

https://twitter.com/bci_/status/1188289359570788354 - Twitter Search

▲引用RTはこちらから見られますので、参考にしてみてください。

大変多くの方々から注目を集めた記事で、私自身も興味深く思い、実際どのような状況になっているのか、調べてみようとしたのですが…そもそもこの記事。元になる中国語の記事はどんな内容だったのか…まずはそこから検証してみようと思いました。

【目次】

日本が漫画師の中国転職を憂慮する

▲こちらです。結構カンタンに見つかりました。タイトルを直訳すれば、「日本が漫画師の中国転職を憂慮する」というもの。「跳槽」は「別の飼い葉桶でえさを食べる」ということで、異動・転職の意味となります。「槽」って今の日本語では「水槽」(すいそう)ぐらいでしか見かけない漢字ですけど、あの長方体の形状って確かに飼い葉桶に似てますね。

では、文章の中身をのぞいてみます。

執筆者は、あの蒋豊さん

私の方からは特に申し上げませんが有名な方です。彼が日本通であるのは間違いない。ただ、「彼が書いた」ことを頭に入れておく必要があります。

文章は短くシンプル、5段落で構成されています。

以下、段落ごとに読んでみますが、正確に完全に訳すのは面倒なので適当に大意を訳します。中国語全文を読みたい人は上のリンクから自分で見に行って下さい。

(1)日本アニメに忍び寄る「日中友好」の影

第一段落の要訳は次のようになります。

  • 京アニの事件後、日本のアニメ業界の動向が注目されている。
  • 日本のアニメ業界では長年にわたって安月給であるため、多くのアニメーターは待遇が良く、自由な創作が出来る中国市場への転職を希望している…と日本のメディアで最近報道されていた。
  • エノキフイルム株式会社の榎善教社長は環球時報の記者の取材を受けた際、かつて日本アニメの「手塚方式」は業界最高標準であったが、近年はこの方式が普遍のものとなり、労働のわりに収入が見合わない劣悪な労働環境を作り出している…と認識されている。
    【訳注】原文の「社长善教」(社長善教)からは「榎」(えのき)の字が抜けている。中国語で「榎」の字があまり使われないため、省かれた可能性あり。社名も「エノキフィルム」の中国語訳を省いて「日本电影」(日本電影)に改変したものと考えられる。

    ▲ちなみに、こちらは榎善教氏を取材した人民日報日本語版の記事。取材者は蒋豊さんである。つまり、問題の記事に出てくる榎氏を取材した環球時報の記者は蒋豊さんその人ではないのか…とも思われる。第一段落ですでに、「人民日報」、「環球時報」、「蒋豊」…と「スリーカード」そろって「役」が出来ているわけだが、そもそも榎善教氏は日中友好協会横浜市立大学分会の設立者であり、人民日報の理事であったりする…ようするに筋金入りの「日中友好人士」。つまりこの時点で「フォーカード」そろった記事だったのですw

(2)日本のアニメーターの高い技術は、制作コストの節約から生まれた

第二段落では、手塚治虫が作り出した「制作方式」とは何だったのかを説明している。以下要訳すると…

  • 20世紀60年代に虫プロダクションを設立し、そこで採用された方法が今に至るまで「産業標準」になっている。
  • 米国のディズニーは「高コスト、大量投入」の制作方式だったが、手塚治虫が主張したのは最大限まで制作コストを節約する方式であり、少ない原画で、可能な限り複雑な人物動作を表現した。これらはアニメーターに極めて高度な専門技能を要求するものであった。 

(3)作画の分業によるサプライチェーンの確立

第三段落においては、前段で出てきた「高度な専門技能」が何であるのか、例をあげて解説する。以下要訳すると…

  • アニメ制作のプロセスにおいて、日本では細かく分業する。
  • ある人は顔を担当し、別の人は身体を担当し、まるで1つ1つのパーツを作るように、生産ラインを形成する。この手法のメリットは、アニメ制作において「サプライチェーン」を成立させることである。
  • 著名なアニメ作家が構想を考え、それを「サプライチェーン」にのせることで、迅速に作品を作り出すことが出来る。
  • パーツごとでの分業体制のデメリットは、描かれる人物が似通ったものになってしまうことと、アニメーターがタダの「画工」(絵を書く職人)にしかならず、「画家」(作家性を伴う芸術家)が育ちにくいことである。

 【訳注】「サプライチェーン」は原文で「产业链」(産業鏈…industry chain)ですが、industry chainにあたる日本語はありませんでして、概念的には「サプライチェーン」がindustry chainに含まれるということで、「サプライチェーン」を日本語訳にアテましました。あと、原文にはindustry chainに加えて「基盤」という言葉が出てきますが、これって日本語で訳すとクドい気がしたので省きました。

(4)「月給27万円」の真実、そして日本でも!

第四段落は、問題の「月給27万円」の部分になりますが、ここは日本語の記事(このブログ記事の冒頭にある)と同じです。

ただ、中国語でシッカリと読んでみると気付いたのは2つ。

  • 「如果在日本动画行业有5年以上的工作经验,工资可以达到月薪1.8万元人民币」(もし日本のアニメ業界で5年以上の勤務経験があれば、月給は1.8万人民元に達する)…とありまして、別に日本人を引き抜くとか、日本人ならばこの値段だとか、日本人募集とか、そういうことは書いてないです。蒋豊さんは中国の転職サイトでこの情報を見つけたそうなんですが、私も自分で探してみたところ、確かに似たような条件の会社はいくつかありました。でも、これって「日本での勤務経験がある中国人アニメーター」が前提になっている話だと思います。無論、日本人にも言葉の問題がなければ、門戸は開かれているでしょうけど、特に日本人を募集してるとか、そういうことはどこにも書いてなかったのです。個別の会社で引き抜きとか、ヘッドハンターなんかもいるかも知れませんが、たくさん戴いたリプライの中に見られるような、「中国が国家戦略として日本のアニメーターをゼニで釣って人材を奪おうとしている!」みたいな話じゃないみたいです。
  • 日本語訳の記事では欠落していた「此外,还有不少中国公司直接带着资金,进入产业链更加完善的日本成立制作公司,用高薪吸引日本人才」という文がありました。「この他、少なくない中国の企業が直接資金を持って、サプライチェーンがシッカリしている日本に進出し、制作会社を設立し、高報酬で日本の人材を集めている」という意味。これらは「彩色鉛筆動漫」(日本法人名:Colored Pencil Animation Japan株式会社)や、FAIインターナショナルなどのことではないか…と思われます。ようするに、高報酬・高待遇の中国のアニメ制作会社に心惹かれたアナタは、中国へ行かずとも日本でその夢と野望を叶えることができるかも?ということです。

▲たしかに、彩色鉛筆のサイトを見たら、トップページのちょい下の方に、エントリーフォームが出てきますので、日本での人材募集に積極的であるように思われます。うむむ…懸念どころじゃなくて、「すでに始まっている」のですねぇ…

(5)オチは日本語訳と変わりなし

第五段落は日本語の記事と完全に同じ内容。「日本政府ももちろん、GDPの10%を占める大切なコンテンツ産業従事者を中国に引き抜かれることを望んでいない…」の箇所になります。

こちらで書き加えることは一切ありません。

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結局、この記事はなんだったのか

ようするに、あの有名な蒋豊さんが、日本映画界における筋金入りの「友好人士」である榎善教氏と組んで作り上げた記事なわけですが、この記事って、そもそもは中国にいる中国人に読ませることが主目的です。レコードチャイナで日本語訳されたのは副次的なもので、最初から低賃金にあえぐ日本人のアニメーターを27万円+家賃・福利厚生で幻惑させ、中国にリクルートしようという虎視眈々はありません。

どちらかといえば、中国の読者にむけて、

  • 京アニの事件の後、日本のアニメ産業にはこんなチャンスがあるんだぜ
  • 手塚治虫が作り上げた低コスト・高技術のサプライチェーンは、こういう仕組みなんだ
  • でも、日本アニメ産業はブラックだから、今となっては中国のアニメ制作会社の方が高報酬・高待遇で、高度な技術を持つ日本のアニメーターを雇うことだって出来るんだ(この場合、アニメーターを単体で雇うわけで、「サプライチェーン」はついてこない)
  • 逆に、日本へ進出して、日本アニメの「サプライチェーン」をまるごとゲットで、日本の優れたアニメーターを雇ってる中国企業も既にあるんだよ。

…という風に、「ビジネスチャンス」を説いているように読めるのですね。私はアニメ業界のことを知らないけど、この認識は大体間違ってないはずです。これって、投資家向け・事業者向けの業界分析であって、日本のアニメーターをゼニでだまくらかすトラップじゃないんです。

そして、中国語で記事全体を読んで、中国人のハートで内容を理解した場合に(私は中国人じゃないけど、それを想像して文章を読みます)、一番トキメクのは、「サプライチェーン」の部分だと思うのですね。

中国人投資家、中国人事業家からすれば、日本アニメのキモになる部分は、低コストの追求によって生み出された作画の分業体制。中国人向けのシナリオを誰かに作らせて、それを「サプライチェーン」にのっけたら、商品となるコンテンツが安く・早く出来上がる。中国以外のマーケットも狙えるぞ…そういうことを訴えたいんじゃないかな…と思うのです。

だから、リプライでたくさんもらった、中国が国家として日本のアニメ人材を盗もうとしてるとか、技術さえいただいたらポイ捨てだとか、中国なんか行っちゃダメだ!みんな目を覚ませ!みたいな話は、ちょっと目線が低すぎるというのか、次元が違い過ぎるというのか、全然方向性が違いすぎて、ちょっとな…と思うわけです。

だって、資本力があるのなら、彩色鉛筆のように、日本に進出して「サプライチェーン」ごとものにしようぜ!という話が、この記事の一番の「キモ」なわけですから。

私は日本のアニメ業界のことをわかってないし、中国のアニメ業界のことも知りませんから、あまりでしゃばったことは言えないし、ここまで読んで「オマエは何もわかってねぇんだよ!また中国の味方してオレたちを騙そうっていうのか!この中共工作員が!」と怒鳴りたい人もいるとは思うのですが、ちょっと待って下さい。この件、面白いのでもうちょっと調べてみます。っていうか、すでに調べ始めています。黒色中国に時間を下さい。この機会に、もうちょっと深堀りしてみようと思うのです。そして、日中のアニメ業界に関して、何か知ってる人、詳しい人、建設的な意見を言いたい人がいたら、私に教えて下さい。広く深く知ることで、「正しい状況」は何なのか、「正しい選択」が何なのか、この際ジックリと見極めてみようじゃないですか(^^)