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黒色中国BLOG

中国について学び・考え・行動するのが私のライフワークです

ガンディーからジーン・シャープへ…安冨歩の非暴力闘争論の変遷

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▲朝からこちらのまとめが話題になっている。

そもそもの発端は琉球新報の記事である。

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▲まとめにあったツイートより拝借した。

私もこちらの記事をネットで読んでいたけれど、漠然とした違和感があった。それは「まとめ」の方で指摘されているようなものではない。

安冨歩さんは、そういう考えの人でしたっけ?

…ということである。

「コミュニケーションが発生すれば、この運動は広がっていく」

私は2014年の香港雨傘革命の時にたまたま香港にいたので、そこで合計9日間にわたって現地の状況をツイッターで配信し、そのご縁で雑誌に2回記事を掲載してもらった。

 安冨歩さんも、香港雨傘革命には関心を持っており、『香港バリケード』という雨傘革命に関する書籍の共著者となっている。

香港バリケード――若者はなぜ立ち上がったのか

香港バリケード――若者はなぜ立ち上がったのか

 

 それまで私にとって、「安冨歩」といえば「女装で有名な学者さん」という印象しかなかったので、なぜ香港雨傘革命に関心を持ったのか…非常に気になったので、この本を読んでみた。

第七章の『香港のゲバラに会いに行く』というのが、安冨歩さんの執筆した部分になるのだが(あと1つ『自由のないところには国際金融中心地はできない』というコラムもあるが、これはタイトル通りの内容で、民主化闘争そのものとは無関係である)、内容は大まかなところ、次のようになる。

  • チェ・ゲバラを尊敬する、香港の「長毛」こと梁國雄立法会議員へのインタビュー。
  • インタビュー後、安冨歩さんは日本の原発反対運動について思い出す。そこで彼は「参加している人々の間でコミュニケーションが発生すれば、この運動は広がっていくだろうけど、そうでなければ、力を持てないのではないか」(219頁)と記している。
  • それから、ガンジーの非暴力的抵抗運動について触れる。
  • その後に「近代東アジアには残念ながら、ガンディーのような指導者は現れていない。侵略者であった日本は言うに及ばず、孫文にせよ蒋介石にせよ毛沢東にせよ(ついでに言えば長毛も)暴力の信奉者であり、非暴力闘争の指導者ではない。いま我々は、天安門広場を淵源とする非暴力闘争の流れが、台湾のひまわり革命や、香港の雨傘革命を通じて、東アジアに広がり始める姿を目撃しているのかも知れない」…と書いている。

参加している人々の間でコミュニケーションが発生すれば、この運動は広がっていくだろうけど、そうでなければ、力を持てないのではないか」…とは私も同感で、今のようにネットで、現場もそれ以外もリアルタイムで繋がって1つの言論空間を形成しているような状況では、ネットでの問題意識を高めて、コミュニケーションを促進するのが、賛成・反対に関わらず、広く日本のためになるのではないか…と思い、私もツイッターやブログで様々な情報発信をしている。

▲先日のこの記事も、そういう意図であった。

ただし、

非暴力の闘争で最も大事なのは、どうすればこちらが暴力を使わずに、相手を挑発して暴力を使わせるか、ということ。
(中略)
沖縄が今考えるべきは、さらに挑発的な次のアクションをどう起こすかだ。

▲こちらのコラムを読んだ時に思ったのは、「この考えはジーン・シャープじゃないか!」ということだ。

政治的柔術

ジーン・シャープとは米国の政治学者で、非暴力による民主化革命理論で有名な人である。

独裁体制から民主主義へ―権力に対抗するための教科書 (ちくま学芸文庫)

独裁体制から民主主義へ―権力に対抗するための教科書 (ちくま学芸文庫)

 

▲この著書は、非暴力闘争をしている多くの人に読まれているそうだ。

ジーン・シャープの革命理論も、ガンディーの非暴力闘争が元になっているのだが、 特徴的なのは「政治的柔術」という概念だろう。

▲こちらのPDF『ジーン・シャープの戦略的非暴力論』で「政治的柔術」について説明されている。

政治的柔術とは、柔道で力の弱い者が強い者の力を利用して相手を倒すことにヒントを得て生まれた考え方で、敵による残忍行為が逆効果を招き、敵自身のパワーを弱めてしまうことを意味する。

 

死者が出ることによって、敵の残忍さへの憤りが高まり、より多くの人々が非暴力抵抗行動に参加し、第三者(他国や国際組織・国際世論など)の支援も強くなり、時には敵のなかにも、攻撃の正当性への疑いが生まれ不服従や反乱が起こる。

 

この結果、非暴力闘争が、強大な軍事力を持つ者に対して勝利を収めることが可能になるというのである。

安冨歩さんが、琉球新報のコラムで書いたのは、ジーン・シャープの「政治的柔術」を別の書き方にしたものではないだろうか。

しかし、「挑発して暴力を使わせる」というのは、安冨歩さんが、『香港バリケード』で書いた、コミュニケーションの促進によって運動を広げて力を持つ…という考え方とは大きく異なるものだろう。なぜこの2年余りで、考えがこんなに変わってしまったのだろうか。

「政治的柔術」は非暴力闘争が「力を持つ」過程の1つである。但し、これを故意に誘発することを公言しては、敵対者は無論のこと、支持者でさえも興醒めするだろう。

安冨歩さんが、沖縄での反基地闘争に、どこまで、どのように、関わっているのか私は知らないが、いずれにせよ、彼の言葉は闘争の足をひっぱることになったのではないかと思われる。