黒色中国BLOG

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【もう一つの「深センスゴい」】ゲノム編集出産とハードウェアハッカー

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この1ヶ月ほど、『ハードウェアハッカー』という本にハマっていて、やっと一通り読み終わったところ。ただ、この本は1回読んだぐらいではその真髄を理解できない。

私が非テック系で、この本で書かれている世界とは全く無関係の門外漢だから勉強が必要なのもあるけれど、この本には現在の深セン…中国の未来を解き明かす上で重要な情報が散りばめられている…というのはツイッターで何度か(しつこく)書いたので、フォロワーの皆さんは既に「あ、黒色中国が何か言ってるな」ぐらいのことは覚えてくれているかと思う。

この数日、『ハードウェアハッカー』の感想文みたいなものを書こうと思って準備していたら、驚くべきニュースがもたらされた。

実はこれ、『ハードウェアハッカー』の第10章で暗示されていることで、「モノづくり都市深セン」の最先端であり、「もう一つの深センスゴい」とも言うべきことなのだ。

【目次】

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『ハードウェアハッカー』第10章に書かれていること

『ハードウェアハッカー』の感想文は別途書くつもりだし、これについて語りだすと長いので(面白い本なのでぜひ読んで下さい)、必要最低限で手短に説明するけど、『ハードウェアハッカー』は4部構成で11章あり、最終章は雑誌のインタビューを2本転載しているだけだから、これはオマケみたいなものと見ていい。だから実際は全10章だ。

第1部から第3部の間に8章までが収録されていて、これらは全てモノづくり関連の話。

第4部は「ハッカーという視点」というテーマで、

  • 9章「ハードウェア・ハッキング」
  • 10章「生物学とバイオインフォマティクス

…という2つの文章が入っているけど、10章はそれまでの「モノづくり」「デジタルガジェット」とはほぼ無関係の、遺伝子操作の話になってしまう。「バイオインフォマティクス」とは日本語で書けば「生命情報科学」だ。

1章から9章までは、MIT出身の電子機器が好きな青年が語るビジネスやモノづくり、ハッキング(本書で言う「ハッキング」「ハッカー」はパソコンで犯罪をすることではなく、「トコトン知り尽くすこと/改変すること」を意味する)の話で、主に深センを舞台にした内容。

ところが、10章はそれまでと打って変わって、著者がなんのためにそれをやっているのか、どんな風に関わっているのかは明かされない。「深セン」も出てこない。仕事なのか趣味なのか。趣味にしてはやたらと詳しく、単なる本やネットの受け売りにも見えない。

著者本人が、かなり具体的にこれらの遺伝子解析と書き換えをやったことがあるのではないか…と思いつつ読み進めると、著者が一時期、シンガポールの研究所でインターンをしていたことだけが明かされる。

CRISPR/Casシステムが解析されたのはChumby廃業の直後だが、僕はその頃シンガポールゲノム研究所の、スワイン・チュー先生の感染症研究室でインターンをしていた。(382頁)

「CRISPR/Casシステム」「感染症研究」…今回のゲノム編集出産とピッタリ符号するではないか。

私がこの部分を読んだ数日後に、深センの病院でゲノム編集された双子が生まれたニュースが出てきた。報道によれば、米国人の研究者が関わっていた…とのことだったので、もしかしてハードウェアハッカーの著者じゃないか…と思ったけれど、調べてみたら全然の別人だった。

この二人の接点をネットで検索してみたけど、全く見つからなかった。

ただ、1つだけ確かな共通点がある。

マイケル・ディーン氏、そして今回のゲノム編集出産を成功させた賀建奎・南方科技大学副教授は、アンドリュー“バニー”ファン氏と同様に、世界最高クラスの「ハードウェアハッカー」である…ということだ。

遺伝子操作は「ハードウェアハッカー」の最後の領域

深センはスゴイとかスゴくないとか、そういう話をツイッターでよく見かける。モノづくりのエコシステムだの、イノベーションだの。それらは主に華強北とか、DJIとか、シェア自転車とか、一般人でもすぐに見に行ける、現物を見たり買ったり使ったり出来るものの話だ。

こんなものには、流行り廃りや、景気の波があるわけで、それをイチイチ取り上げて、「深センスゲェ」だの「深センは終わった」とアゲたりサゲたりする話には、何の意味もないと思っていた。

だから、私はこの1年ぐらい深センに足を運んで、自分の目であの街が一体何なのか…確かめているのだけど、そういうところに『ハードウェアハッカー』なる奇書が出てきた(あの本は本当に現代の「奇書」だ)。

モノづくり云々で深センマンセー!な話なら、既に食傷しているので読まなくてもいいか…と思いつつも(最初はそういう印象だった)、訳者の高須正和氏の熱烈な押しツイートに魅了されて、読み進めるとメチャクチャ面白い!ただ、10章に関してはもう完全にハマった。

ようするに著者は、人体は究極の『ハードウェア』であると考えており(著者の言葉で「だれにとっても、所有するハードウェアのなかで最もクールなのは自分の身体なんだ」というのもある)、それを「ハッキング」するための遺伝子解析/書き換えの知識を10章に盛り込んでいるのだ。

DNA操作は「深センスゴい」の核心領域

私の仕事と個人的な関心から、この数年の間に、香港・深センのあたりで、『ハードウェアハッカー』10章で書かれているようなこと…まさしく「生物学とバイオインフォマティクス」に関することが、色々動いているのは知っていた。ニュースにも注目していたし、個人的に接触した人から「事情」を教えてもらえることもあった。

日本ではあまり一般的には知られていないみたいだけど、深センはそもそも中国のDNA研究の中心地である。

▲「広東省深セン市に本部を置く国家DNAバンクは、米国や日本、欧州連合(EU)に次いで、4番目に創設された国家クラスのDNAバンクであり、且つ目下世界最大のDNAバンクでもあります」

▲『ハードウェアハッカー』の著者、アンドリュー“バニー”ファン氏が出てくる。テーマは深センと「DNAをハックする合成生物学の可能性」

▲「BGI(華大基因)は中国の一民間機関であるが、多数のシーケンサー(塩基配列解析装置)を用いて大量のゲノム解読を行い、世界最大のゲノム情報生産拠点となっている。」

▲こちらは高須正和さんによる深センの遺伝子博物館のレポート。「基因」とは遺伝子を意味する。

DNA関連のことは、華強北やシェア自転車、DJIのドローンみたいに、簡単に行って見たり、買ったり出来るものではない。

そもそも、本当に「最先端」のことや、1つの都市や国家においての最重要部分というのは、門外漢がちょろっと現地に行って、チラッと見てきただけではわからないものだ。

今回のゲノム編集出産は、深センのあまり知られていない「スゴイ」部分が突出してニュースになった一例であり、巨大な氷山の一角に過ぎないのだろう。

深センに「モノづくりのエコシステム」が構築されているのと同じように、「遺伝子操作のエコシステム」も構築されているのだ。今回のゲノム編集出産は、研究者単独の思いつきで勝手に出来たようなものではない。遺伝子操作に関するハードとソフト、そして人材が揃う深センだからこそ出来たことなのだ。

ただそれは…冒頭でも述べたように、いま話題の奇書…『ハードウェアハッカー』第10章の中で、その真意は伏されつつも、既に暗示されていたことなのだ。

一見無関係に見える、深センの「モノづくりのエコシステム」と「遺伝子操作のエコシステム」は繋がっているのである。

やっぱり深センは面白い。深センに関わる人達は面白い。

これからも、もっと深センを隅々歩いて、深く掘り下げてみようと思ったのでした(私がやると、なぜかグルメレポートにしかならないのですけどw)