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ビル・カニンガム氏の撮影スタイルの考察

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この映画が日本で公開された時にツイッターで、ビル・カニンガム氏について知り、しばらくしてからこの映画を見たのですが、以来すっかりハマりました。

私自身が写真をよく撮りますし、ビル・カニンガム氏が晩年に使われていたカメラは私と同じくニコンのDX機で、私はストリートファッションを撮らないものの、撮影スタイルが似ているので親近感があり、尊敬する写真家の1人であります。

ビル・カニンガム氏や彼の映画については、ネットで検索すると他の人がたくさん書かれておりますが、私の方で気になったこと…主に彼の撮影スタイルについて調べたことを、こちらに記録しておこうと思います。

【目次】

1)使用していたカメラについて

なぜデジタルへの移行が遅れたのか

映画の中で出てくる機材はニコンのFM2。映画の撮影期間が2年間で、2008年にフランスで叙勲された映像が出てきて、2010年に公開の映画ですから、どうやらビル・カニンガム氏は2009年ぐらいまではFM2を使用していたみたいです。私などは1年間のフィルム代・現像代だけで15万円以上かけていたので、2003年~2004年にかけてデジタルへ完全移行してしまいました。それを考えると、ビル・カニンガム氏の2010年前後でのデジタル移行というのは、かなり遅い方になるかと思います。

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▲映画の中で、撮影後のカラーネガフィルムをフィルム現像だけして、プリントを作らず、フィルムビデオプロセッサーで反転させてテレビで表示して使用するカットを選定する…という作業が出てきます。

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あれはタムロンの「Fotovix」というものです(氏が使用しているのは IIX-S)。

Fotovixを利用した写真選定作業は、合理的で操作が簡単なので、ビル・カニンガム氏は使い慣れたFM2を手放し、急いでデジタルへ移行する必要もなかったものと思われます。

デジタル機材の変遷

ただググってみると、ビル・カニンガム氏の晩年の写真でニコンのデジタル一眼レフ機を構えている写真が多く見られます。

現在、わかっている限りの情報をこちらに整理すると…

  1. D40X…ビル・カニンガム氏が初めて使用したデジタルカメラ(らしい)。2007年3月に発売されたものだが、2008年のフランスでの叙勲の際には使用していないので、氏はD40Xが発売されてから、しばらく経った後に入手したものと思われ。
  2. D3100…2010年発売。
  3. D5200…2012年発売。ニューヨーク歴史協会が2017年に開催したビル・カニンガム氏の回顧展で展示されていたそうで、その時の解説に2012年頃に使用…とあったそうです。
    【参考】

    Bill Cunningham at NYHS – Fashion, Textile & Costume Librarians

▲ちなみに、こういう情報もありまして、やっぱり皆さん気になるのですね(笑)

たぶん、D40Xでデジタル移行への検討を始めてから、D3100でデジタルへ移行し、その後にD5200も入手したのでしょう。晩年の使用機がD3100とD5200のいずれなのか、併用していたのかは現在不明ですが、15年来のニコンDX機の愛用者である私からすると、どうして彼がD5200を使っていたのか…その点が非常に気になるのです。

なぜD5200?

というのも、FM2のファインダー(倍率0.86)に慣れていると、D5200のファインター(倍率0.78)はツラかったじゃないかと思うのですね。私はまだ80代じゃないですけど、それでもD40のファインダー(倍率0.8)を覗き続けるのはツライです。

映画を見ていると、ビル・カニンガム氏はあまりファインダーをじっくりのぞくタイプではないので、ファインダー倍率は気にならなかったのかもしれませんが、そうなるとさらにD5200である必要性がないわけです。

というのも、D5200はD3100よりもファインダー倍率が小さいだけじゃなく、50gも重いので、バリアングル液晶を使いたいとか、動画撮影時にマイク接続用の端子が欲しいとか、そういう必要がない限りD5200を使うメリットが全然ありません。

現在ネット上で確認できるビル・カニンガム氏の撮影の様子を伝える写真では、バリアングル液晶を活用している姿は見られず、ライブビューも使ってないようです。

軽さ重視のワケ

プロの写真家で、ニコンDX機を使っている人は珍しいので、DX機一筋の私としてはとても嬉しいのですが、ビル・カニンガム氏がデジタル移行の際に、FX機を選ばなかったのは、機動力重視の撮影スタイル故に、軽量な機材を使いたい&ファインダーはあまり重要じゃなかったから…と考えられます。

ビル・カニンガム氏がパーティーの時にフラッシュを使って速射する技法があるのですが、それを見るとよくわかります。

▲こちらの1分12秒からのパーティー会場での映像を見て欲しいのですが、ビル・カニンガム氏はカメラを構えずに被写体に近寄って話しかけながらチャンスを伺い、瞬間的にカメラとフラッシュを構えて撮影したらすぐに機材を降ろします。

映画でパーティーのシーンを全部みれば顕著にわかるのですが、彼はこの「カメラを構えずに近づいて話しかけ、パッと撮ってサッと降ろす」を律儀なまでに何度も繰り返します。カメラを意識させずに、被写体との会話の合間に、瞬間の表情を撮ってしまう。

これを一晩に何度も繰り返すのですから、カメラは小さく軽い方が絶対有利でしょうね。

これをフルサイズ機やDXの中級機(今ならD500とかD7500)で一晩やれば、若い人でもヘトヘトに疲れて、手首を痛めそうです。

というわけで、彼がD3100やD5200を使うのは必然的な選択だったのでしょう。

2)使用していたレンズについて

ビル・カニンガム氏が使用していたレンズについては「35ミリ」というのが定説になっておりますが、映画を見ている限り、どのレンズなのか特定できませんでした。

ただ、ビル・カニンガム氏はFM2を使っているけれど、レンズはマニュアルタイプの「Ai」とかじゃなくて、「AF」タイプなのですね。そして「AF」タイプのレンズはデザインが似たり寄ったりなので、35ミリと言われたらそうなのかな…ということになります。

Nikon 単焦点レンズ Ai AF Nikkor 35mm f/2D フルサイズ対応

Nikon 単焦点レンズ Ai AF Nikkor 35mm f/2D フルサイズ対応

 

▲たぶん、これなのかな…

▲しかし、デジタル移行後のレンズについて調べると、前出のこちらの記事で

I’d definitely pair with the amazing Nikon 35mm f/1.8, which is very sharp, fast-focusing, and like the D3100, an absolute bargain — around $200.

…と出てきます。

▲私も同じレンズを使っております!でも、ちょっと待って下さい。私はこのレンズの愛用者ですけど、ビル・カニンガム氏の撮影スタイルで、このレンズはキツかったんじゃないかな?と思います。

このレンズのAFが遅いとは思いませんけど、ビル・カニンガム氏の撮影は本当に素早いので、たぶんAFは追いつかない。目測で被写界深度を使って置きピンで撮影しているのではないか…と思うのです。

そして、現在ググって出て来るビル・カニンガム氏の撮影中の姿の写真はでは、24mmがよく出てくるのですね。

Nikon 単焦点レンズ Ai AF Nikkor 24mm f/2.8 フルサイズ対応

Nikon 単焦点レンズ Ai AF Nikkor 24mm f/2.8 フルサイズ対応

 

▲こちらになります。

▲こちらの動画の冒頭の写真をよく見ていただきたいのですが、D3100(と思われる)にAF Nikkor 24mm f2.8を装着しています。

DX機はイメージセンサーのサイズのせいで、24mmのレンズをつければ36mm相当の画角になります。ビル・カニンガム氏はデジタル化した後も、35mm相当の画角が好きで、24mmF2.8を使用していたものと思われます。

▲ちなみに使っていたフードはこれみたいです。 

3)実際に「ビル・カニンガム・スタイル」を試してみました!

カメラ店で店員さんに頼み込んで、ニコンD3400+AF Nikkor 24mm F2.8の組み合わせを試してみましたが、その時の感想を述べますと…

  • 意外に小さい・軽い…レンズの重量が270グラムなので、現代のレンズとしては特に軽いわけでもないんですけど、バランスが良いのか、D3000系列との組み合わせでピッタリの大きさ・重さです。少々重い代わりに金属部品を多用したレンズなので、頑丈そうでもあります。
  • AFはできない…マニュアルフォーカスでピントをあわせる必要があります。
  • 露出も自動ではない…カメラ店の店員さん曰く、ビル・カニンガム氏は、ライブビューで液晶画面に表示される画像を参考に露出を合わせていたのではないか?とのこと。ただ、そのやり方であのスピードの撮影は無理でしょうね。
    【注】後日調べたところ、D3000シリーズはD3300まではDタイプレンズでも自動露出で使えたそうです。D3400からはAF-Pレンズ対応になったけど、その代わりにDレンズは切り捨ててしまったのですね。ビル・カニンガム氏が使っていたのはD3100なので、自動露出でこのレンズを使用していたことになります。

先のYOUTUBEの写真をよく見ると、絞りリングの周囲にセロハンテープが貼られております。実際のレンズで操作を試してみると、絞りリングが簡単に動いてしまうので、ビル・カニンガム氏はそれを防ぐために、テープで固定していたものと考えられます。

そこからビル・カニンガム氏の撮影手法を推測すると

  • 絞り固定で被写界深度を使って、大体の距離感を目測でキープすることで、ピントを合わせていたので、あのスピードでの撮影が可能だったのではないか?
  • 露出は絞り優先で、目測でシャッタースピードを変更して合わせていた。

絞りを固定して、被写界深度の距離内に飛び込む

私自身、2004年にデジタルに移行する以前は、ライカで似たような撮影をしていたので、たぶんこういうことじゃないのかな?と思われるのですね。

映画で見ていても、ビル・カニンガム氏の撮影時の被写体との距離は大体一定していて、いつも2~3メートルぐらいですから、35mmのレンズでも、24mmのレンズでも、絞りをF5.6からF8.0ぐらいに合わせ、距離を2~3メートルぐらいに設定していたら、目測で少々距離に誤差があっても被写界深度でピントは合ったはずです。

ビル・カニンガム氏が、ストリートで撮影する時に、まるで戦場カメラマンのように駆け出していますけど、あれは無闇に被写体を追っかけているのではなくて、大体が3メートルぐらいのところでピタッと止まるのですね。たぶん設定してあるレンズの被写界深度の距離内に飛び込んだら止まって、構えて、シャッターを切る…という一連の動作なのかと思います。

煽らずに撮る工夫

それと、ニューヨーク・タイムスの連載の写真を見ていると、人物の部分だけトリミングして使用するので、あまりフレーミングも厳密にやる必要がなかったみたいですが、それよりも気になるのは、ビル・カニンガム氏が「On the Street」用の写真を撮影している時に、カメラを構える「高さ」をかなり神経質に変えていること、老齢で腰がやや曲がっているけれど、更に加えて身体を曲げ、首を曲げて頭を下げて、縦位置にカメラを構える「クセ」があることです。

これは「On the Street」の紙面ではたくさんの被写体がズラッと並ぶので、極端に煽りのかかる高さ(または低さ)で撮影し、煽り位置がバラバラだと見苦しいので、煽らないように被写体に合わせて、身長の中心に向かって常に垂直になるようにカメラの高さを変えているのではないでしょうか。そうすると大体の場合は低めのカメラ位置になるので、身体を曲げて、腰を落として、頭を下げた構えが基本になるようです。

ただ、このように被写体に垂直にカメラを向けて煽らずに撮影すると、静止的な、証明写真みたいになるので、歩いている被写体を横や斜めから撮った動きのある写真を好むのではないかと思われます。

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ビル・カニンガム氏が、デジタルに移行した後も、古いタイプのAFレンズ(しかもD3100やD5200とは非連動)にこだわって使用していたのは、上記のような撮影手法のため、ピント合わせがしやすく、距離表示&被写界深度表示も読みやすい古いレンズの方が使いやすかったのではないか…と思われます。

35mm f/1.8Gを使っていたというのは、DX機では50mmの焦点距離になるため、この場合はもう被写界深度を使って目測というのがキツく、そもそもGタイプレンズには、距離や被写界深度の表示はないため、AFで撮影するようなシーンで使用していたものと想像されます。

なので、

  • 普段ストリートなどで速射優先で撮影する場合はAI AF Nikkor24mmF2.8を使用。
  • なんらかの状況で50mmの画角を使いたい時は、AF-S DX NIKKOR 35mm f/1.8G。

…と使い分けていたように考えられます。

ニコンD40使いの私としては、ビル・カニンガム氏の速射を真似っ子してみたいと思い、いろいろ調べた結果が上記の通りなのですが、店頭でAI AF Nikkor24mmF2.8を触ってみたところ、距離の問題はまぁヨシとして、露出まで目測で…というのは今更なんだかなぁ…というのが正直なところ。

ただ今回の考察で、軽いDX機に固定焦点の広角レンズ…という組み合わせが使いやすい…というのがわかったので、そのうちお金の余裕ができたら、私もチャレンジしてみようと思います。

おまけ1:出版物

ビル・カニンガム氏の今までの作品を見てみたい…と思い、写真集を探してみましたが…

Facades

Facades

 

▲これぐらいしか見当たりません。しかも古い。

できれば、「On the Street」をレイアウトそのままに集めたのが良いのですが… 

Fashion Climbing

Fashion Climbing

 
Polka Dot Parade: A Book About Bill Cunningham

Polka Dot Parade: A Book About Bill Cunningham

 

▲洋書で探すと、この2つが見つかりましたが、今年の夏以後の出版になっています。

おまけ2:「On the Street」の動画

でも、そういえば…映画の中で出ていた、ビル・カニンガム氏が解説の音声を収録しているウェブ・コンテンツはどうなっているのかな…と思い探してみると…

▲ありました!。こちらでビル・カニンガム氏がニューヨーク・タイムスで連載していた2つのコラム「On the Street」「Evening Hours」の動画を見られます。

2009年頃のものから、死の直前の2016年6月3日までの動画が掲載されています。

▲その他、YOUTUBEでも同じ動画が掲載されており、上掲のリストでは2009年12月22日から2015年4月20日までの115本が収録されています。

写真を見るだけでも勉強になりますけど、全部英語なのが残念。こういう時は、中国語じゃなくて、英語を学ぶべきだったと後悔します…

おまけ3:映画のサントラ

ネットで映画評を見ていると「BGMがいい」というのを幾つか見つけました。私もそう思いましたが、サントラのCDとか出ているのかな…と探してみたところCDはなし。でも…

▲映画で使用されていた曲目をまとめたページはありましたので、そちらから引用して注釈をしてみると…

  1. “BLUES” 
    WRITTEN AND PERFORMED BY GEORGE LEWIS
    Courtesy of Black Saint Records
    オープニングの曲。ビル・カニンガム氏が部屋から出て自転車を取り出し、カーネギーホールから出て、ニューヨーク5番街の57thストリート(いわゆる「ビル・カニンガム・コーナー」)に到着するまでの間に使われている。YOUTUBEに音源あり。
  2. “BIG HEART (LIVE IN TOKYO)”
    WRITTEN BY JOHN LURIE, ERIK NORSE SANKO, DOUGLAS BOWNE
    Performed by The Lounge Lizards
    Courtesy of MCA Records
    Under license from Universal Music Enterprises
    「ビル・カニンガム・コーナー」に到着してからの撮影シーンで使用されている。YOUTUBEに音源あり。
  3. “GUN DANCE”
    WRITTEN AND PERFORMED BY JOHN LURIE
    Courtesy of Strange & Beautiful Music
    雪のシーンで使用。YOUTUBEでみつからず。

    ▲こちらで試聴できます。

  4. “BOB THE BOB”
    WRITTEN BY JOHN LURIE AND PERFORMED BY THE LOUNGE LIZARDS
    Courtesy of Black Saint Record
    Used gby permission of Lagarto Inc. (ASCAP) and Strange & Beautiful Music 
    1980年代の回顧フィルムのシーンで使用。YOUTUBEに音源あり。
  5. “CARNIVAL OF THE ANIMALS”
    WRITTEN BY CAMILLE SAINT-SAENS
    Performed by Stockholm Chamber Duo
    Courtesy of X5 Music Group
    エディッタ・シャーマンのバレエシーンで使用。YOUTUBEに音源あり。
  6. “BIG TROMBONE ESCAPE”
    WRITTEN BY JOHN LURIE AND PERFORMED BY THE LOUNGE LIZARDS
    Courtesy of Prophecy Records
    By Arrangement with Sony BMG Music Entertainment
    YOUTUBEで見つからず。

    ▲こちらで試聴できます。

  7. “J'AIME LES FILLES”
    WRITTEN BY JACQUES DUTRONG AND JAQUES LANZMANN
    Performed by Michel Pruvot and Jacques Dutronc
    Courtesy of Disques Vogue Records
    By Arrangement with Sony BMG Music Entertainment
    パリ到着後のシーンで使用。YOUTUBEに音源あり。
  8. “VIVA LA VIDA”
    WRITTEN BY GUY RUPERT BERRYMAN, JOHNATHAN MARK BUCKLAND, WILLIAM CHAMPION, CHRISTOPHER ANTHONY JOHN MARTIN
    Performed by Coldplay
    Courtesy of Capitol Records
    Under license from EMI Film & Television Music
    ランウェイのシーンで使用。YOUTUBEに音源あり。
  9. “ANNA'S THEME”
    COMPOSED AND PERFORMED BY SHELLY BAUER, SKOOBY LAPOSKY, AND CLINT BREWER
    ネット上ではみつかりませんでした。
  10. “MAIN TITLES”
    WRITTEN AND PERFORMED BY JOHN LURIE
    Courtesy of Strange and Beautiful Music
    引越し先探しの後、自転車で走るシーンで使用。YOUTUBEに音源あり。
  11. “I'LL BE YOUR MIRROR”
    WRITTEN BY LOU REED
    Performed by The Velvet Underground
    Courtesy of Polygram Special Products
    Under license by Universal Music Enterprises
    エンディングロールで使用。YOUTUBEに音源あり。

▲YOUTUBEで見つかった曲は、こちらにリスト化しておきました。

おまけ4:ブルック・アスターのシーンについて

映画の後半で、ロックフェラー邸で開かれたブルック・アスターさん100歳の誕生日パーティのシーンがありますけど、画質が落ちるので、夜間撮影のためかな?と思っていたところ、よく見ると映像のサイズが4:3になっているため、これは別のカメラで取られたに違いない…ところで途中のスピーチで1902年がなんとか…と言ってるのは、何の関係があるのかな…と思い調べてみると、

ブルック・アスターさんは1902年の生まれなので、100歳の誕生日は2002年。つまり、映画の撮影開始の6年前に当たります。たぶん、このシーンの映像は当時撮影されたものを流用しているのでしょう。編集が上手いので気づきませんでした。

▲こちらにブルック・アスターさんのことが詳しく書かれていますけど、2007年には亡くなられているので、映画撮影開始時には既に故人になっていたか、そのギリギリの時期だったはずです。

映画の中で、母の誕生日のスピーチをしていた息子のアンソニー・マーシャルは、母の財産を騙し取っていたそうで、有罪になっていますが、ブルック・アスターさんは晩年認知症になっていたのですね。

私は、ビル・カニンガム氏が報酬を受け取らずに、どうしてずっと仕事が出来たのか、「財源」をずっと探していたんですけど(ビル・カニンガム氏のファンの皆さんすみません。「黒色中国」って普段は中国のニュースを毎日読んで、そういうところに目をつけていくのが日常だから、自然と気になって仕方なかったのです)

たぶん、ブルック・アスターさんがパトロンだったんじゃないかな…と思っていたのですね。あのシーンの前後を見ても、そういう「印象」を感じさせるものがあったし。ビル・カニンガム氏がカーネギーホールから移った、セントラルパークを見下ろす部屋も家賃は絶対に安くないですから。

しかし、晩年に認知症になって、07年に亡くなっているのなら、よほどの「生前贈与」を受けてない限り、「ブルック・アスター・パトロン説」は成立しないのですね。

また何か新しい情報がありましたら追記しようと思います。

ビル・カニンガム&ニューヨーク [DVD]

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