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黒色中国BLOG

中国について学び・考え・行動するのが私のライフワークです

熊本の地震を喜ぶ中国人に私達はどのように対処すべきなのか

反日 日本 ネット
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このブログでは、中国の時事問題について、「事実」の追求を目的としており、ナショナリズムや反中感情を鼓舞、煽動するような、敏感な話題を取り上げるつもりはない。そういうのは他でやってる人がたくさんいるし、私自身に興味がないからだ。

ただし、今回の熊本の地震に関して、中国での反応を巡り、ツイッターのあちこちで議論になっているのは気になっていた。中国人は今回の地震を喜んでいるぞ!いや、同情している人が多いぞ!どっちが本当の中国人の意見か…みたいな。

私からすると、そんなことどうでも良いではないか…と思う。結局はそんな「中国人の声」の大半は、ネットで拾い集めた有象無象であり、突き詰めるところ「世の中には色んな人がいる」ということに過ぎない。

どこかの三流マスコミが極端な意見を取り上げて、日本の反中感情を煽ったり、日中友好界隈の魑魅魍魎がここぞとばかりに「ホラ!心優しい中国人もいる!中国人はこんなに素晴らしい!」と歌い上げるために利用するだけ。そういう下らない「綱引き」に参加するのは時間の無駄に過ぎない。

ただし、ツイッターで私の方に今回の地震の件について質問があったので、こちらで私の見方を参考までまとめておこうと思う。

ネットで中国人の声を拾ってみる

「微博」(Weibo)とは、中国版ツイッターと呼ばれるもので、中国独自のSNSである。

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▲微博をちょっとのぞいてみるとこんな書き込みが見つかった。「…去年の天津港の爆発の時に、日本の多くの店では天津の無事を祈り、天津のために黙祷すると張り紙に書いた。なのにこれらの知障は本当に文盲だ。もし日本が沈没したら、我が国には関係がないとでも?…」とある。ここで「知障」として紹介されているツイートを以下に紹介する。

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▲日本の地震をお祝いする内容。

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▲「小日本の地震を祝って乾杯。唯一遺憾だったのは、地震が小さかったこと。」

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▲日本の地震を祝って大安売り。

この一連のツイート1つ取り上げて見ても、中国人の反応はさまざまで、熊本の地震を喜ぶ人も、それを咎める人も両方いるのがわかる。ただし、注目しておきたいのは、最初の「咎める声」のツイートは一番下を見ると、「转发」(リツイート)、「評論」、「いいね」(上向き親指のアイコン)の数がどれもずば抜けて万の単位になっている。

中国のネットでこの手の「」をかき集めたら、キリがないほど出てくるだろう。どちらの声が多いのか、どちらが中国の主流なのかは考えるだけ無駄である。

日本のネットで見てもわかるように、極論の持ち主ほど群れて大声を出すものだし、この件に関して無言であればネットでは可視化されない。ネットで可視化されている多数の「」が中国社会の主流の意見とも断定できない。しかも、中国はネットが規制されていたり、ネット工作員によって世論操作も行われているというのだから、詮索するだけ無意味なことだ。

「親なんとか感情」「反なんとか感情」を気にしすぎる日本人

私自身が反中を自認し広言しているので、こういう話をするのは不適切かも知れないが、日本のネットの人々は、「親なんとか感情」「反なんとか感情」を気にしすぎるのである。ツイッターを見ていると、中韓は反日で…台湾が親日で…という「日本がどう思われているか」にとどまらず、「台湾は反中」「韓国は親中」みたいに、三国間の感情についても踏み込んで語られているのも珍しくない。

私はいつも不思議に思うのだけれど、結局他人の心なんかわからない。心は移ろいやすいし、感情は揺れ動くものである。それに、自分の心だって本当はよくわからないものだ。よその国の人が、別の国を本心ではどう思っているのか…そんなこと、誰にもわかるわけがない。

そんなわかりっこないことに熱くなる人々は、三流メディアが、断片的な極論をかき集めて作ったヨタ記事や低俗番組に振り回されて、正体不明の「親なんとか」「反なんとか」の感情の海を彷徨っている漂泊民なのだ。この人達は、ロクに会ったこともないヨソの国の人の感情を詮索するばかりで、如何に自分は生きるのか…という主体性を持たない人たちである。

私の場合

中国では、たまに「本当に日本が、日本人が大嫌い」という人がいる。私が日本人であるとわかれば、しつこくつきまとって嫌がらせをしたり、絡んできたり、暴力行為に及ぶ人もいる。こういう人は早期に察知して遠ざかる他ない。ただし、こういう中国人は本当に稀である。

危害を加えないなりに、私と話すに連れて心を打ち明け、「実は日本が、日本人が嫌いだ」という中国人は少なくない。こういう人は歴史問題で私を責めたりするけど、色々話している内に、「日本人は嫌いだけど、あなたは好きだ」と言ってくれる人がほとんどだ。

私は中国人のご機嫌を伺うために、歴史問題で土下座したり、日本の悪口を言うこともない。むしろ日本の弁護と中国批判を展開するけれど、色々話している内に私を認めてくれるようになる。本心は知らないけど、少なくとも私に危害を加えようとしない。

私は日本人として隣国の脅威を真摯に受け止め、中国を批判的に見る「反中」だけど、この「反中」にレイシズムを持ち込むつもりはない。むしろ、レイシズムは中国を正確に知る上で「百害あって一利なし」だ。憎悪にとらわれず、中国人と誠実に付き合うのは、中国を正しく理解するための早道であり、基本である。正しい理解がなければ、正しい問題解決はない。

結局のところ、生身の日本人を前にして、とことん話し合ってみたら、反日感情とか歴史問題は、彼らにとってどうでも良いことになったのだろう。人と人の付き合いの中で、国家観や歴史観の共有を最重要の前提としている人は稀である。そんなことよりも、相手が誠実な人間か、同じ趣味があるのか…そういう事のほうが重要ではないだろうか。

日中を揺るがす「心」の問題

せっかく縁あって巡り会った中国人を「コイツはシナ人だから反日だ」と思い込んで攻撃すれば、日本に好意的な中国人でも、立派な反日家になるだろう。我々が敵意を持てば中国人は敵となる。友情を求めれば友になる。「関係」は一方によって決められるものではなく、相互によって成立している。

ネットの反応やら、三流メディアの煽動に惑わされて、中国人の本心はどうなのか、多くの中国人は日本をどう思っているのか…と悩んで翻弄されるよりも、まずは自分の心をしっかり持って惑わされずに生きるべきではないか。

精神論的なオチになってしまったが、日本と中国の間には、「愛国心」だとか「親なんとか感情」「反はんとか感情」などの「心」が関わる問題が多すぎるのだ。周囲のノイズに心惑わされず、落ち着いた「自分の心」で対処するのが最善である。

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